映画:ベスト・キッド視聴する
オリジナルの方のベスト・キッドはいろいろ思い出深い作品だ。
アメリカでも最高に愛された映画タイトルであることが、この作品がパート4まで作られ、アニメ化され、現在ウィルスミスの息子ジェイデン・スミスを主人公に、ジャッキー・チェンを師匠役にリメイクされたことでも分かる。
もちろん、今のリメイクも見に行ってきたけど、今回は、旧作について語りたい。ジャッキーはジャッキーで、おそらく、一番映画を見に行った俳優だと思うし、いろいろ語りたいんだけどね・・・
当時、親父にせがんで梅田の映画館まで見に出かけた思い出がある。映画の内容に関係なく、右前のカップルが始終キスをし通しだったのが気になって気になってしょうがなかった。あと、お土産に貰った映画のハチマキ(手ぬぐい)を頭に巻いて、中学のころ受験勉強してた・・・
私はこの頃、格闘技を身につけることに大いに憧れ、当時、ウー・シュー(武術)かなんかの雑誌を買い、そこに載ってた、当時、大阪城公園で練習してた中国武術家に弟子入りしに行ったエピソードを思い出す。
ただ、最初の日の練習でボコボコにされ、嫌になって二度と行くことは無かったが・・・
私の家族の誰もしらないエピソードだが、ここであなただけに初公開する。入門初日にボコボコにしなくても、いいのにね・・・
格闘技は今でも大好きだが、自分ではやらない方がいい・・・そう教訓を得た少年時代でした。
原題がカラテ・キッドというこの作品は、当時は、
カラテを軸に、イジメを克服する少年と、一風変わった日系人の師匠、ヒロインとの恋物語を通して、成長していく物語
としか映らなかったけど、今振り返って見れば、
二つの祖国に翻弄された悲しき日系人、
どうにも抗えない格差社会
の要素も含まれ興味深い。
見かけ温厚そうで、欠片も強そうなでないMr.ミヤギは、
カラテを殺人藝の域にまで昇華した恐るべき達人だ。
映画では、「ミヤギ上等兵! ドイツ兵をいっぱいやっつけました!」とサワっとしか表現されてなかったけど、幾人かのドイツ兵を、その恐るべきエンプティー・ハンドで、黄泉の国へと旅立たせたんだというのは、想像に難くない。
武勇勲章まで授与されてるくらいなのだから・・・
むろん、それはカラテが得意だったから・・・ クレイジー・ジャップだったから・・・ という理由ではない。日本と敵対することになったアメリカ国家への忠誠を示すがゆえだ。それは自分の妻子を含め、人権を認められず、過酷な収容所暮らしを強いられる大勢の日系アメリカ人の同胞を思うがゆえなのだ。
収容所・・・というと、監獄や病院のようなものを思い浮かべがちだが、競馬場の馬小屋であったり、砂漠に日系人自身の手でバラックを建てさせたりしたようなところなのだ。もちろん競馬場といっても、現在のサラトガ競馬場のようなところではない・・・
しかし、アメリカというもう一つの祖国は、自由の国は、民間人であったろう身重の奥さんに収容所で暮らしを強いることとなり、満足な衛生環境や医療道具もない中で出産を強いられ、合併症により妻子ともども死すという、残酷な仕打ちで答えることとなる。
男の絶望は計り知れない。
しかしアメリカ社会に復讐することなく、ただ、歳月が彼の心を十分に癒してくれるまで、殺人技術であるカラテを心の奥底に封印して、隠遁生活を送るようになった。それは、戦争の残酷さでもあり、そういうことに対する批判もこのオリジナルの映画には込められているのが見て取れる。当時の日系社会の悲劇については、私の好きな山崎豊子女史の『二つの祖国』に詳しい。そもそも、今ここで書いているようなことは、すべてこの作品の受け売りだ。
ミヤギさんのオキナワ・カラテは、コブラ会で教えられるようなイノー・マーシー的な安っぽいものではない。一撃必殺の殺人藝なのだ。車のボンネットの上に並べた5~6本のビール瓶を両断し、家の太い梁をへし折る。おそらくマス大山を超えている。
だから、彼はカラテの技術を教えるより、まず、心の有り様を教える。バランスの重要性を説く。戦わないことが、最高という精神をまず教える。暴走して戦えば相手は死ぬんだから・・・
この恐るべき殺人技術をほんのゆとりで受け継ぐことになったのは、おそらくヒスパニック系というよりは、イタリア系移民のダニエルさんだ。ダニエルさんも、ダニエルさんで、数回試しただけで、ハエを箸で掴んでしまうほどの恐るべき才能を秘めている。ビギナーズラックだとかそんな言葉で片付けられない。あと氷の板を横殴りに6枚割ったり・・・ 飛んでるハエを箸で掴むなんて、まず誰にも絶対出来ないし、氷の板をチョップで6枚割ったりなんて、カラテの有段者でもまずできない。弟子は弟子で物凄い才能だ。強くなって当たり前なのだ。正味2ヶ月間修行しただけで倒された、ジョニーやコブラ会の先生は殺されなかっただけでラッキーだ。
まあ、おそらくテコンドーのおそらく韓国系の出場者以外、完全なゆとりカラテ大会でしたけれどもね・・・
ダニエルさんは、ミヤギさんのいったことをほぼ忠実に守る。
訳も分からないワックスオン・ワックスオフの修行だとか、燃えよドラゴンに通じてる相手からは絶対に視線を外さない挨拶の仕方とか、パート2だけど、相手にトドメを差さない誇りだとか・・・
弟子は達人(マスター)の言うことを忠実聞く。疑わない。「史上最強の弟子ケンイチ」とか、スター・ウォーズに通ずる精神は、アメリカ人も大好きなのかもね・・・ 私自身大好きだけれど・・・
ちなみに、ミヤギさんが、みんなにミヤジさんと言い間違えられてしまうのは、当時、アメリカのカリフォルニアにはホンダやヤマハに比肩する、『ミヤジ自転車』という有名な日系企業があって、ダニエルさんもはじめて、ミヤギさんの部屋へ訪れたのは、自転車を修理してくれたお礼を言いに行くため・・・だからである。当時買ったロードショーにそう書いてあった。
格差社会の方のエピソードも、秀逸だ。
アリの両親は、夜更けにテニスから帰ってくるセレブリティっぽいエピソードとか・・・ まあ、どうでもいいんだけど、書くとまた長くなるので割愛する。
旧作のベスト・キッド2の方だったと思うが・・・あのフィリピンっぽい沖縄が舞台の作品の、印象的な子弟のエピソード。
「ヘィ、ミヤギ・・・僕が悩むと、必ず、何らかの仕事をさせるよね・・・」
「ダニエルさん。それは偶然だ。」
とにもかくにも、今見ても、サバイバーのジ・モーメント・オブ・トゥルースを耳にしても、ほんと泣けてくる。
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