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2010年12月31日 (金)

最終話 私はがんばった・・・その思いがあればいい。

※この小説はフィクションです。

来期の契約を更新しない旨を告げられた・・・

 

要するに解雇ということだが、1年契約で雇われて、更新しないということだから、厳密に解雇ではない。さすが先生は社労士だけあって、その点は実に巧妙だ。そういえば、最初にそういう契約書を作られた。

 

ただ、『契約を更新しない』にあたって、君のあそこがダメだ。ここがいけない。と、その理由をブチブチ、ブチブチ、聞かせ続けられた。

もういいじゃん。そんなの・・・ 静かに去らせてくれよ・・・

曰く、
「私たちは、もう歳も歳だし、先も長くないから、社労士界への貢献のつもりで、恩返しのつもりで、新しく世の中に出ていく社労士を育てたかった。しかし、君はそういう気を全然見せなかった。ヤル気を見せなかった。社労士への登録もしなかった。本当にヤル気があるなら、仕事が終わった後にコンビニでも居酒屋でもバイトして、お金を貯めて、みんなそうやって社労士になっていくのよ・・・」

自分達がそうやって社労士になった訳でもないのに、勝手な理想論を熱く語りまくる・・・ この平成大不況下において、30代後半という私の年齢でそんな簡単にダブルワークやっていけるの訳がないだろ・・・

そう思う反面、確かに、そういう努力もするべきだった・・・と思ってしまう自分がいる。世間にはそうやって社労士になった人、あるいは、妻子を立派に養ってる人もいるだろう。私は結局努力しなかったのか・・・ がんばらなかったのか・・・ 

 

月収20万+交通費・・・ 年収250万で、正味、ダイの男の大人が大都会東京で、生きて行くには、生活して行くには、正直、ギリギリ、カツカツだった。しかし、それですら恵まれているのが、社労士補助職という仕事だ。

 

私は、結局、借金は無いものの、支払えなくなってしまった去年からの税金+国民健康保険税が20万円ほどが残ったまま、今月いっぱいでクビを切られようとしている。

 

結局、私は努力しなかったのか・・・ 節約しなかったのか・・・ がんばらなかったのか・・・ いや、努力した。私はがんばった・・・ そう自問自答しながら、解決しない深い思考に落ちて、アルコールに漬かる毎日を送った。

 

回顧を告げられた3月初旬から終わりの31日まで、あと4週間・・・ あと3週間・・・ 1年契約・・・だが、厳密には、去年の4月2週目からの契約なので、1年経過していない。なので、雇用保険の失業手当は受けられない・・・ 4月からは、すぐ、生活の危機に直面する。クレジットカードで借りられるだけ、借りても、生活が保てるのは、2~3か月そこそだろう。早速、新しい仕事を探さなければならない・・・ そんなにすぐに見つかるのか・・・ この平成大不況下にあって・・・。

 

この物語の冒頭に繋がる訳だが、アルコールの力を借りなければ、飲まなければ眠れず、起きて意識を絶てない・・・ そんなボロボロな精神状態が2週間ほど続く・・・

 
 

立ち直るきっかけ・・・ でもないが、そんな私の精神を癒してくれたのが、当時、ちょうどレンタルが開始されていた米ドラマの『フリンジ』だった。

フリンジ・・・とはフリンジ・サイエンスのことで、日本語に直すとエセ科学、非疑似科学のことらしい。要するにX-ファイルとエイリアスとダメージとナンバーズを足して割ったようなドラマだ。金だけは映画が丸々1本撮れるだけ掛けただけあって、CGやVFXは素晴らしい・・・

ただ、目新しさや斬新さが皆無なので、本国でも日本でも全くヒットしなかい。

だけど、私にとっては、とにかく、癒された。癒されまくった・・・

私は米ドラマだ大好きで、米ドラマには癒されるのだ。ちょうど、奥様が韓流ドラマに癒されるのと同じだ。一瞬浮き世を忘れさせ、その世界にトリップさせてくれる。もしくは、青春時代、あの輝かしい時代、よく見ていたX-ファイルを思い出させてくれているから、癒されるのかもしれない。

 

癒され、反面、堪えながら、また、履歴書を作成しはじめた

 

 

私はがんばった・・・

 

 

その思いだけが、私を支えた・・・ 実際には、がんばってなかったのかもしれない・・・ 周りからみたら、がんばってなかったのかもしれない・・・

「ぼく、がんばったよ・・・」

事務所の帰りがけ、線路沿い、陸橋の下で、シックスセンスに出てた子役の子の吹き替えの声優みたいな声色で、そうつぶやいた。

プッ・・・ クス・・・

あまりにも似てたので笑けてきた・・・w

 

3月も半ば、某所から面接の連絡が入った。応募して即だ。さすが社労士補助職1年も続けたかいがあったぜ。

巨大なビルの1角にそこはあった。

簡単なテスト・・・WordとExcelの使い方のテスト・・・訳ない。ある意味、この建物で一番Excelを使いこなせてるくらいの自信はあった。なんてったって、マクロ使えるからね・・・私は・・・

そして、多人数対私一人の圧迫面接・・・ なんで、こんなところ受けてるんだか・・・

 

いろいろ質問されて、私は答えた

「齢70を超えたアクの強い事業主とも、正当に渡り合って、説明し、説得し、話を理解してもらってきました・・・うんぬん、かんぬん・・・」

これは本当だ。在職老齢年金の仕組みを説明して、あなたがいくら給料を取ってるから、いくら年金をカットされているか、給料をいくらいにしたら、年金をいくらもらえるのか、事細かく説明してやった。所長に詳しく説明し過ぎと怒られたやつだ。

また、別の日、超巨大ホームセンターの労務管理の仕事の面接も受けた。これは面接官がアクの強い人で、話が面白く、1時間半ほど、最近の景気は・・・からこの業界の未来は・・・労務管理は・・・とか話を聞かせていただいた。

社労士という資格のおかげなのか、履歴書を贈って、即、面接していただけるということは、本当に有難い・・・

 

そうして、こうして、3月も終わりに近づいた・・・ 

 

それでも私は日々の業務を淡々とこなしていった。

 

来月から、晴れて

 

無職が一匹・・・

 

そう思った矢先、携帯に採用の通知が入った。

一番最初に面接を受けたところだ。私みたいなハンパ者に対して、給料、待遇も結構いい・・・ 

 

あれま!

 

 

そして、素晴らしき我が先生とも、お別れの時がやってきた。

 

私は、これから就職活動するから・・・ ハローワークに通うから・・・ と、嘘こいて、3月最後の2日間を、最初で最後の有休休暇使わせてもらうことにした。

 

2日間、有難く、午後ローの実況に費やせてもらった。グースが少女の先導で、故郷に帰る話だった。来月から、また、新しい職場で新しい人生が始まる。

 

次に、どういう世界が待ち受けているのか、どういう困苦が待ち受けているのか、それは分からない。この約20回続いたお話は、ここで終わりとなります。ここまで読んでくれて、有り難うございました。

この物語の青年と、ここまで読んでいただいたあなた様の将来に幸多からんことを祈りつつ・・・

 

<おわり> 

 

 

 

 

 

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2010年12月20日 (月)

第20回 社労士事務所の一番長かった日

※この物語はフィクションです。

翌日、土曜日

朝からの出所を命じられ、私はこの事務所にいた。もちろん、無給の休日出勤だ。
厳密には労働基準法的には休日出勤にあたらない。週1日の休日を与えればそれでよいからだ。ただし、週40時間を超える労働なので、超過勤務手当としてその分の給料を支払わなければならない・・・

 

事務所の呼び鈴が鳴る。

 

スーパー(商品小売)業の総務担当者のおじさんが、ドアの前にいた。昨日のうちに先生が、そのおじさんに来所するようにTELで伝えていた。

 

「あいにく先生はまだ来ておりませんが、どうぞ、お上がり下さい・・・」

自分で呼びつけておいて、先生はまだ来ていない。
閉口一番、そのおじさんは言った。

「この度はこんなことになって申し訳ありません・・・」

それは、私のセリフだ。私の責任だ

 

「いえ・・・ 私こそ力及ばず、申し訳ございません。」

 

もう私は、涙で目が潤んでいた

 

ほどなく、先生がやってきた。

 

そして、先生とその担当者は応接室で善後策の協議に入る。

 

因果を含める。

  

会計検査院の監査は不可避であること。違法な保険未加入者は過去2年に遡って適用されること。それを避けるには、保険関係の領収書や賃金台帳の改竄しか方法がないこと・・・ ただし、それは法に抵触するので、ウチの事務所はどういう形でも手助けできないこと・・・

 

あなたたち自身の手でやりなさいということ・・・

  

あと3~4日しか日がないのだ。そんなの、その担当者のおっさん一人に責任をおっかぶせてどうにかなるものなのか・・・ 本気でやるなら、企業側から10人ほど人でがいる・・・ おじさんは言った。

「それは無理です・・・ 私とあと一人くらいしか人手は割けません・・・」

 

 昼過ぎまでその無謀で無益な協議は続いた・・・

 
 

協議が終了する。

「このシャチも、これからでも、徹夜でも、明日の日曜でも、メンバーとして使って下さい・・・」

 

ほんと、頭にくる。

 

なんでここまでして無給で働かされ無ければならないのか・・・ しかも、法に抵触すると自ら認めることに、私を使わせるのか・・・ もし、万一、コトが露見したら、私もしっぽ切りで切り捨てるつもりなのか・・・ それがミエミエだ

 

しかし、そんな内面の思いとは裏腹に私は答える。風邪で熱もあり、ボロボロの状態であったが・・・ 無理矢理笑顔を作ってそう答えた。

 

「なんでも使って下さい。協力いたします。」

 

これは私自身の責任でもある。ここまで乗りかかった船を、少なくとも私は、途中で降りる訳にはいかない・・・

 
 

そして、その日の午後、私はまた、自転車を30分ほど走らせ、その企業の事務室にいた。

 

「さて、どこから始めましょうか」
「シャチさん、ありがとうございます。しかし、あなたはもういいです。あとは我々でやります。」
「えっ・・・・」
「あなたも、将来がある身でしょう・・・」
「・・・」
「・・・」

 

この時ばかりは、泣けて、泣けてしょうがなかった・・・

 

お互い無言・・・

 

そもそも、ウチの事務所が悪いのではないのか。月、ウン十万という顧問料を請求しておきながら、むこうの言われるままの、表面的な離職票や保険加入等の言われた仕事しかしておらず、実質的に全く何も指導も管理もしてこなかった・・・ その企業の本質的な経営姿勢を見ようとしていなかった・・・ お飾りの社労士事務所だったのではないのか・・・

 

私はここで引き下がる訳にもいかなかいのだが、体がほんと酷く辛かったので、その言葉を受け入れてしまった。

 

正直、私自身、保身の気持ちが働いた・・・(涙)

 

そしてそのまま、事務所に無断で帰宅した。そして永遠と思えるくらいに眠った・・・

 

 

 

翌々日、急転直下、

 

事件は急変した。

 

コトここにいたって、ようやく、その企業の事業主がコトの次第を知ることになり、事業主のツルの一声で改竄は中止された。曰く、真っ正直に全て告白すると・・・ 過去2年間追徴されるウン百万の保険料は全て支払うと・・・

 

立派な事業主だ。

 

地元の名士でもあり、数々の地元のほんのささいな貢献活動(たとえば、素行不良な者を従業員として受け入れる活動とか・・・)で表彰されてきた、その事業主は、コトが露見する不名誉を潔しとはしなかった。

そもそも、何で、コトここに至るまで事業主との協議が無かったのか・・・ 先生は先生で、事業主にこのことが露見するのを恐れたに違いない・・・ 今回の件が事業主にバレなければ、それが一番だと思っていたに違いない。万一コトが露見しても、トカゲの尻尾切りで、その総務担当者と私の責任で済ませられるのが一番だと思っていたに違いない・・・

 

私自信、その事業主の侠気に救われた形だ・・・ 逆に言えば、こういう人だから、企業のトップでいられる・・・ しかし、代償はあまりに大きい。ウン百万の出費を強いられるのだから・・・

かくして、私自身、将来の社労士としての経歴は傷つくことなく、道は閉ざされるという脅威は去った。

しかし、いざとなれば、社労士登録していない私は、「すべて先生の指示に従ったまでです。」と言い逃れる腹はあったが・・・

 
 

そして、その1週間後、奥さん先生は言った。

 

「あなた、土曜日、一言も断りもなく無断で帰ったでしょう・・・
それにね、あなた、私たちが10日間の海外旅行から帰ってきたのに、旅行はどうでしたか? 楽しかったですか? とか一言も尋ねなかったわね・・・。そういうところが、あなたのデリカシーに欠ける部分なのよ!」

 

鼻から、鼻血と脳みそが出てくるような衝撃を受けた・・・ 

 

そして重い息を小一時間ほど吐きながら、先生は、私に、3月いっぱいで、契約を打ち切る旨を告げた。

 

 

要するに

 

解雇する・・・ 

 

ということらしい・・・

 

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2010年12月12日 (日)

第19回 社労士事務所の一番長い日

※この小説はフィクションです。

なんだ、かんだで顧問先を40件ほど抱えた当事務所には、監査が入ることも珍しくはなかった。要するに、5~10年くらいのスパンで企業には監査が入る

ちゃんと労働保険にはいってるかー 社会保険に入ってるかー

 

ええ子にしてるがー

 

って訳だ。

 

社会保険事務所(年金事務所)も監査に入る。ちゃんと健康保険に加入してるかー 厚生年金保険に加入してるかー ってな訳で・・・

事業主は、従業員をそういう社会保険に加入させる義務があるのだが、往々にして入れない。保険料の半額負担が惜しいからだ。

また、従業員は従業員で、保険に入りたがらない人も中にはいるのだ。夫の扶養から外れてしまうから・・・ 在職老齢年金制度によって、現在受給している年金がカットされてしまうから・・・

 

加入しなければならない条件は、要するに、正社員の4分の3以上の働いているか、どうか、なのだ。普通の社員が週40時間働いているなら、30時間以上労働していればアウト。社員が1日8時間以上働いてるなら、1日6時間以上働いていればアウト。

だけど、残業が重なったり、たまたま忙しかったりして、ふだんはそれ以下の労働でも、たまに超えてしまうような従業員もいたりする。そういう方はグレーゾーンだ。

 

社会保険事務所(年金事務所)が監査に入った場合は、「申し訳ございません。ちゃんと入れるように指導します。これからはちゃんとやります。事業主にはきつく言っておきます。どうか、お慈悲を・・・」

で済んでしまう話なのだ。なぜか・・・ 

ところが、会計検査院の監査はそんな甘いもんじゃない。グレーでもなんでも、アウトなら、「加入させなさい。絶対。」なのだ。

しかも、恐ろしいことに、「過去2年、時効の過去2年まで遡ってアウトな人は全員!」なのだ。そこに憐憫の情が挟まる余地は皆無だ。大大大々々々々々不況の昨今のこの苦しいご時世とか、全く関係がない。

ちょうど、年金や健康保険料(税)は未払でも大目にみてくれても、税金の未払は全く見逃してもらえないのに似ている。地の果てまで追いかけてきて取り立てられる

 

で、この某スーパーの事業・・・ アウトな人は、のべ何人いるんだ・・・ 社会保険入れなきゃなんないのに、入れてない人は何人いるんだ・・・ のべ20人以上いた・・・! 過去2年間の保険料額でいくらだ・・・

計算してみると・・・

 

およそウン百万・・・ ぎゃぁ!

 

詰んでる・・・ 完全に詰んでる・・・ 

 

なんで、こんなのほったらかしてるんだよ・・・ この事務所は・・・

 

監査まであと1週間しかない・・・ どう対策たれるんだよ・・・

 

 

ようやく、バカンスから先生夫婦が帰還し、もう、旅行の土産話もそこそこに、ことの次第を報告する・・・

 

ドス黒く日焼けした先生も青くなる。

 

私はこの頃、ちょうど風邪が最高潮に達し、咳が出、鼻汁も出、熱もあり、ふらふらな状態だった。しかし、この危機をなんとか乗り越えるまでは倒れるに倒れられない・・・

先生は言った。

 

「賃金台帳を改竄しよう・・・」

 

我が耳を疑うも、私に逆らう権限は全くなかった。先生曰く、

「こういうことを、税理士がやったら、確かに犯罪になる。しかし、社労士は許されるんじゃないか? 許されると思う。」

 

どういうつもりで、どういう根拠で、どの口が、そんな戯言(たわごと)を言ってるのか、言わせてるのか、言えてるのか、問いつめたい。小1時間問い詰めたい。しかし、私は、

無言で頷いて、もう、何も考えたくなかった・・・

 

 

先生は、そのスーパーマーケット企業の総務担当責任者に電話で連絡を取るなり、即、社会保険料の領収書の改竄を支持。「ただ、あなた(担当者)の責任でやりなさい。私は関係ないから・・・」

と強く、強く、念を押した。

なるほど、いざというときのトカゲの尻尾はコイツなのか・・・ さすがウチの先生だ。ぬかりがない。そして、旅の疲れからか、いそいそと、自宅へ引き籠もってしまった。後は君に任せると言って・・・

 

それだけでは終わらない。賃金台帳という動かない証拠があるのだ。しかも、この会社はまた、間が悪いことに、台帳がすべて手書きなのだ。パソコンで賃金台帳を精製してるなら、チョコチョコっとデータを書き換えてそれでしまい!という話なのに、膨大な、のべ何百人という労働者の過去2年分の手書きの賃金台帳をすべてこちらの都合のいいように書き換える必要がある・・・

 

私は熱でフラフラになりながら、ハァハァ息を切らしながら、その顧問先へと自転車を走らせた。とりあえず、その手書きの賃金台帳を受け取りにいかなければならない。それが、金曜の午後6時頃の話であった・・・

 

そこは某市のこぢんまりとしたスーパーだった。とにかく、その辺の従業員に来意を継げ、ただっぴろい、仕入れ場みたいなところを通り、応接室のような一室へと通された。

 

いつも電話でよく話していた、その総務兼経理担当者とはじめて顔を合わせた。人当たりの良さそうな、中年のいいおじさんだった。聞けば、某銀行をリストラされ、その会社に拾われ、他県から2時間かけて、毎日そのスーパーへと通ってるらしい。エリートの代表格の行員も、いったんリストラされると、ただの人以上にツブシがきかない・・・ただの人だ・・・

 

私はマスクをしていた。

「あれ? 風邪・・・ なんですか?」
「いや。ひどい花粉症なんです・・・」

心配は掛けたくなかった・・・

 

そして、いきなり、その方は頭を下げられた。

「本当に、こんなことになって申し訳ありません。」

 

私は胸が詰まった。そもそも、社労士事務所が、普段から適宜指導を徹底していれば、こんなことにはなっていなかったはずだ。百人規模の事業所に対し、それなりの顧問料を取りながら、普段の保険加入やたまの労災、傷病手当金申請以外に全く何もやっていない社労士事務所の方がおかしいのではないのか・・・

「いえ。こちらこそ・・・」

 

「で・・・ この方達の労働条件通知書・・・ 雇用契約書はありますか・・・」
「いや、無いんですよ。そこまで頭が回らなくて・・・」

 

え~~~~~~~

 

口約束で人を雇ってるのかよ。この会社は・・・

 

もう、何もかもが、無茶苦茶・・・

 

なんだんだ、この悪夢は・・・

 

とにかく、話もそこそこに、私はその企業の労働者全員分の賃金台帳を受け取り、事務所へ引き返した。とてもブ厚く、ズッシリとした感触だ・・・

 

これらのうち、アウトな従業員20数名の賃金台帳を過去2年間、すべて書き換えなければならないのか? 相当神経を使い、1円の単位の誤差も許されない、相当緻密な作業になるだろう・・・

そんな精密な作業が可能なのは、この件に関わってる人間の中で、この私をおいてほかならない・・・

 

事務所に引き返して、深夜、その作業にとりかかっていた・・・ 夜の11時くらいだったろうか・・・ まだ一人目すら終わらない・・・

 

唐突に先生がやってきた。

 

私の話を聞くなり激怒した。

 

お前はこの事務所を

 

潰すつもりか~~~~~

 

!!!!!!!!!

 

誰がそんなことをやれといったんだ!

そんな作業は全部、向こうにやらせなきゃダメだろ!!!!

社労士事務所が介在したのがバレたら、

どうなると思ってるんだ~~~~~~!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

終電で私は帰路についた。明日、土曜日、無償の出勤を告げられた。

 

家にたどり着いたときは、もうふらふらのふらふら・・・もう何も考えられない・・・ 考えられない・・・ 考えたくない・・・

 

とりあえず、ゲロを吐きたい。もう、何も考えずにゲロを吐きたい。
そして、アパートの便器に向かってその思いを叶える。

全てを吐き出す・・・

 

そして、一睡もできないまま、翌朝を迎えた。重たいこの小太りの体躯に無知打って私は動き出す・・・

 

この長い夜は、まだ終わっていないのだった・・・

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