第20回 社労士事務所の一番長かった日
※この物語はフィクションです。
翌日、土曜日
朝からの出所を命じられ、私はこの事務所にいた。もちろん、無給の休日出勤だ。
厳密には労働基準法的には休日出勤にあたらない。週1日の休日を与えればそれでよいからだ。ただし、週40時間を超える労働なので、超過勤務手当としてその分の給料を支払わなければならない・・・
事務所の呼び鈴が鳴る。
スーパー(商品小売)業の総務担当者のおじさんが、ドアの前にいた。昨日のうちに先生が、そのおじさんに来所するようにTELで伝えていた。
「あいにく先生はまだ来ておりませんが、どうぞ、お上がり下さい・・・」
自分で呼びつけておいて、先生はまだ来ていない。
閉口一番、そのおじさんは言った。
「この度はこんなことになって申し訳ありません・・・」
それは、私のセリフだ。私の責任だ。
「いえ・・・ 私こそ力及ばず、申し訳ございません。」
もう私は、涙で目が潤んでいた。
ほどなく、先生がやってきた。
そして、先生とその担当者は応接室で善後策の協議に入る。
因果を含める。
会計検査院の監査は不可避であること。違法な保険未加入者は過去2年に遡って適用されること。それを避けるには、保険関係の領収書や賃金台帳の改竄しか方法がないこと・・・ ただし、それは法に抵触するので、ウチの事務所はどういう形でも手助けできないこと・・・
あなたたち自身の手でやりなさいということ・・・
あと3~4日しか日がないのだ。そんなの、その担当者のおっさん一人に責任をおっかぶせてどうにかなるものなのか・・・ 本気でやるなら、企業側から10人ほど人でがいる・・・ おじさんは言った。
「それは無理です・・・ 私とあと一人くらいしか人手は割けません・・・」
昼過ぎまでその無謀で無益な協議は続いた・・・
協議が終了する。
「このシャチも、これからでも、徹夜でも、明日の日曜でも、メンバーとして使って下さい・・・」
ほんと、頭にくる。
なんでここまでして無給で働かされ無ければならないのか・・・ しかも、法に抵触すると自ら認めることに、私を使わせるのか・・・ もし、万一、コトが露見したら、私もしっぽ切りで切り捨てるつもりなのか・・・ それがミエミエだ。
しかし、そんな内面の思いとは裏腹に私は答える。風邪で熱もあり、ボロボロの状態であったが・・・ 無理矢理笑顔を作ってそう答えた。
「なんでも使って下さい。協力いたします。」
これは私自身の責任でもある。ここまで乗りかかった船を、少なくとも私は、途中で降りる訳にはいかない・・・
そして、その日の午後、私はまた、自転車を30分ほど走らせ、その企業の事務室にいた。
「さて、どこから始めましょうか」
「シャチさん、ありがとうございます。しかし、あなたはもういいです。あとは我々でやります。」
「えっ・・・・」
「あなたも、将来がある身でしょう・・・」
「・・・」
「・・・」
この時ばかりは、泣けて、泣けてしょうがなかった・・・
お互い無言・・・
そもそも、ウチの事務所が悪いのではないのか。月、ウン十万という顧問料を請求しておきながら、むこうの言われるままの、表面的な離職票や保険加入等の言われた仕事しかしておらず、実質的に全く何も指導も管理もしてこなかった・・・ その企業の本質的な経営姿勢を見ようとしていなかった・・・ お飾りの社労士事務所だったのではないのか・・・
私はここで引き下がる訳にもいかなかいのだが、体がほんと酷く辛かったので、その言葉を受け入れてしまった。
正直、私自身、保身の気持ちが働いた・・・(涙)
そしてそのまま、事務所に無断で帰宅した。そして永遠と思えるくらいに眠った・・・
翌々日、急転直下、
事件は急変した。
コトここにいたって、ようやく、その企業の事業主がコトの次第を知ることになり、事業主のツルの一声で改竄は中止された。曰く、真っ正直に全て告白すると・・・ 過去2年間追徴されるウン百万の保険料は全て支払うと・・・
立派な事業主だ。
地元の名士でもあり、数々の地元のほんのささいな貢献活動(たとえば、素行不良な者を従業員として受け入れる活動とか・・・)で表彰されてきた、その事業主は、コトが露見する不名誉を潔しとはしなかった。
そもそも、何で、コトここに至るまで事業主との協議が無かったのか・・・ 先生は先生で、事業主にこのことが露見するのを恐れたに違いない・・・ 今回の件が事業主にバレなければ、それが一番だと思っていたに違いない。万一コトが露見しても、トカゲの尻尾切りで、その総務担当者と私の責任で済ませられるのが一番だと思っていたに違いない・・・
私自信、その事業主の侠気に救われた形だ・・・ 逆に言えば、こういう人だから、企業のトップでいられる・・・ しかし、代償はあまりに大きい。ウン百万の出費を強いられるのだから・・・
かくして、私自身、将来の社労士としての経歴は傷つくことなく、道は閉ざされるという脅威は去った。
しかし、いざとなれば、社労士登録していない私は、「すべて先生の指示に従ったまでです。」と言い逃れる腹はあったが・・・
そして、その1週間後、奥さん先生は言った。
「あなた、土曜日、一言も断りもなく無断で帰ったでしょう・・・
それにね、あなた、私たちが10日間の海外旅行から帰ってきたのに、旅行はどうでしたか? 楽しかったですか? とか一言も尋ねなかったわね・・・。そういうところが、あなたのデリカシーに欠ける部分なのよ!」
鼻から、鼻血と脳みそが出てくるような衝撃を受けた・・・
そして重い息を小一時間ほど吐きながら、先生は、私に、3月いっぱいで、契約を打ち切る旨を告げた。
要するに
解雇する・・・
ということらしい・・・
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コメント
更新を楽しみにしているいちファンです。
毎回身につまされる思いで読んでます。
何てひどいフィクションなんでしょう。
今夜も自分ひとりじゃないと思わせてくれてありがとうございます。
投稿: 酔っぱらい | 2010年12月20日 (月) 22時49分
このフィクションの3月は、2011年3月なのでしょうか?
物語の中とはいえ、このような状況になってからの残りが数ヶ月あるというのは
長くて辛い期間になるのではないのかなと、思ってしまいました。
投稿: | 2010年12月20日 (月) 23時25分
酔っぱらいさん、どうもはじめまして・・・
楽しんでいただければ、なによりです。
名無しさん、どうもはじめまして・・・
ぶっちゃけ、2010年(平成21年度)の話という設定です。
このシリーズもあと1回です。
今年中には書き上げたいところ・・・
投稿: 作者@どうやら本人 | 2010年12月21日 (火) 20時49分