第14回 この守銭奴!
※この小説はフィクションです
私と同年代の事業主が2人いた。
今にして思えば、彼らともっと心を通じ合わせれば良かったと思う。
同年代にして、一国一城の主となった彼らからは、得るものも大きかったし、尊敬しうる存在だった。
一人目は、以前にも語ったが、自動車やバイクの修理工場の社長。先代の時代に雇用され、先代は引退に際し、跡継ぎもいなかったことから、そのまま社長になった人だ。
しかし、腕は確かで、自分の腕を頼りに依頼してくれる人がいるとのことだ。
その社長が悩んでいたのは、いい従業員が根付かないということだ。私ら世代の従業員を雇ったが、非正規雇用が長かったその青年からは、仕事に対する気概が全く感じられない・・・ どうして、同世代にこんな若者がいるのか・・・ と嘆いていた人だ。
最初に雇った20代の子の方が、素直で吸収力も早く、頼りになる・・・と・・・ ところが、その20代の子も来月、辞めるとのことだ・・・ 社長自身はアツい方で、私は好きだったが、やっぱり経営者と雇用者となると、難しい問題もあるのだろう・・・
もう一人は、建築関係の調査業務という珍しい仕事をされている方だ。私がこの事務所に入ってから、顧問契約をされた新規の方だ。
とはいえ、結局、我が所長自身、新しく若いその社長と上手くコミケーションがとれず、扱い方に困っていたので、折衝は主に私に一任されることが多かった。「将来は君に任せてももいいから・・・」というのが我が所長のキメセリフだった。
事業所も近所にあったので、誰それが辞めた・・・、誰それを雇った・・・ と、ことあるごとに、よく事務所へお邪魔させてもらった。その度に、私は自転車を走らせ、その事業主の元へ通った。
ふと道端で会ったりもした。私も自分と年代が近いのもあって、親近感も沸いた。お髭の逞しい事業主だった。そんな頃、事件は起こった・・・
その事務所が、将来を見据えて今の事務所が手狭になってきたので、より大きい、より駅に近い場所へ引っ越すというのだ。
それ自体は「おめでとうございます」という話なのだが、所長がとんでもないことを言い出した。
「健保と雇用保険の所在地変更の手続は、別料金だから
請求してきて」
と・・・
私は、最初はスポット契約だったこの事務所を、訪問する度に諭して、顧問契約にし、来年度は事務組合へと加入してもらえることを確約してきた。地道に、地道に、地道に・・・
そうやって信頼関係を築いてきたのに、私にとっても寝耳に水な話だ。だって、それは顧問契約の一部なんじゃないですか? と。契約書にもうたってあります・・・と。
所長は、何が気にいらないのか、それは顧問契約には含まれない!と。この事務所では昔からそうしていると・・・の一点張りで譲らない。
「そんなことをすれば、契約を打ち切られますよ。」
「それなら、それでかまわない。気持ちよくこちらが請求する額を払ってくれないなら、
そんな事業主とはこちらから願い下げだ。」と。
もう、自分自身、どうしていいのか分からなかった・・・ それならそれで、お前が、そう言いに行けよ・・・ と。
結局、私が自分で言いに行くことになった。所長の言い分には納得できないが、私もそう命令された以上、従わない訳にはいかない・・・ この経験が、いずれ自分のプラスとなると、自分にいい聞かせた。
当然、
その社長は激怒した。
当然だろう。その気持ちはよく分かる。顧問契約をしているのに、住所変更をしたからといって、ただそれだけで、それは当然契約書に含まれている内容なのに、4~5万円だかの料金を請求しますと、私は言っているのだ。
これまで信頼関係を築きつつあった私の前で、そのことを告げた私の前で、私に向かって激怒したのだから・・・ そして放り投げるように、変更手続の料金の万札を私の前に投げ出した。それをそそくさと、自分の財布にしまう私・・・
社長が言いたかったのは、
「この守銭奴!」
だったことは疑いようがない。逆の立場なら、私はそう言った・・・ それを肌で感じつつ、私は忸怩たる思いで私はそれを受け取り領収書を書いた。
私はどうにもこうにも、やりきれない気持ちで、情けない気持ちで、逃げ帰るように事務所へと帰った・・・
待ちかまえていた所長へそのお金を渡す・・・
その瞬間、あの老人のニヤっとした顔は一生忘れないだろう。
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