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2010年8月30日 (月)

映画:ベスト・キッド視聴する

オリジナルの方のベスト・キッドはいろいろ思い出深い作品だ。

 

アメリカでも最高に愛された映画タイトルであることが、この作品がパート4まで作られ、アニメ化され、現在ウィルスミスの息子ジェイデン・スミスを主人公に、ジャッキー・チェンを師匠役にリメイクされたことでも分かる。

もちろん、今のリメイクも見に行ってきたけど、今回は、旧作について語りたい。ジャッキーはジャッキーで、おそらく、一番映画を見に行った俳優だと思うし、いろいろ語りたいんだけどね・・・

 
当時、親父にせがんで梅田の映画館まで見に出かけた思い出がある。映画の内容に関係なく、右前のカップルが始終キスをし通しだったのが気になって気になってしょうがなかった。あと、お土産に貰った映画のハチマキ(手ぬぐい)を頭に巻いて、中学のころ受験勉強してた・・・

 

私はこの頃、格闘技を身につけることに大いに憧れ、当時、ウー・シュー(武術)かなんかの雑誌を買い、そこに載ってた、当時、大阪城公園で練習してた中国武術家に弟子入りしに行ったエピソードを思い出す。

ただ、最初の日の練習でボコボコにされ、嫌になって二度と行くことは無かったが・・・

私の家族の誰もしらないエピソードだが、ここであなただけに初公開する。入門初日にボコボコにしなくても、いいのにね・・・

格闘技は今でも大好きだが、自分ではやらない方がいい・・・そう教訓を得た少年時代でした。

 

 

原題がカラテ・キッドというこの作品は、当時は、

カラテを軸に、イジメを克服する少年と、一風変わった日系人の師匠、ヒロインとの恋物語を通して、成長していく物語

 

としか映らなかったけど、今振り返って見れば、

二つの祖国に翻弄された悲しき日系人、
どうにも抗えない格差社会

の要素も含まれ興味深い。

 

見かけ温厚そうで、欠片も強そうなでないMr.ミヤギは、

 カラテを殺人藝の域にまで昇華した恐るべき達人だ。

映画では、「ミヤギ上等兵! ドイツ兵をいっぱいやっつけました!」とサワっとしか表現されてなかったけど、幾人かのドイツ兵を、その恐るべきエンプティー・ハンドで、黄泉の国へと旅立たせたんだというのは、想像に難くない。

武勇勲章まで授与されてるくらいなのだから・・・

 

むろん、それはカラテが得意だったから・・・ クレイジー・ジャップだったから・・・ という理由ではない。日本と敵対することになったアメリカ国家への忠誠を示すがゆえだ。それは自分の妻子を含め、人権を認められず、過酷な収容所暮らしを強いられる大勢の日系アメリカ人の同胞を思うがゆえなのだ。

 

収容所・・・というと、監獄や病院のようなものを思い浮かべがちだが、競馬場の馬小屋であったり、砂漠に日系人自身の手でバラックを建てさせたりしたようなところなのだ。もちろん競馬場といっても、現在のサラトガ競馬場のようなところではない・・・

 

しかし、アメリカというもう一つの祖国は、自由の国は、民間人であったろう身重の奥さんに収容所で暮らしを強いることとなり、満足な衛生環境や医療道具もない中で出産を強いられ、合併症により妻子ともども死すという、残酷な仕打ちで答えることとなる。

 

男の絶望は計り知れない。

 

しかしアメリカ社会に復讐することなく、ただ、歳月が彼の心を十分に癒してくれるまで、殺人技術であるカラテを心の奥底に封印して、隠遁生活を送るようになった。それは、戦争の残酷さでもあり、そういうことに対する批判もこのオリジナルの映画には込められているのが見て取れる。当時の日系社会の悲劇については、私の好きな山崎豊子女史の『二つの祖国』に詳しい。そもそも、今ここで書いているようなことは、すべてこの作品の受け売りだ。

 

ミヤギさんのオキナワ・カラテは、コブラ会で教えられるようなイノー・マーシー的な安っぽいものではない。一撃必殺の殺人藝なのだ。車のボンネットの上に並べた5~6本のビール瓶を両断し、家の太い梁をへし折る。おそらくマス大山を超えている

だから、彼はカラテの技術を教えるより、まず、心の有り様を教える。バランスの重要性を説く。戦わないことが、最高という精神をまず教える。暴走して戦えば相手は死ぬんだから・・・

この恐るべき殺人技術をほんのゆとりで受け継ぐことになったのは、おそらくヒスパニック系というよりは、イタリア系移民のダニエルさんだ。ダニエルさんも、ダニエルさんで、数回試しただけで、ハエを箸で掴んでしまうほどの恐るべき才能を秘めている。ビギナーズラックだとかそんな言葉で片付けられない。あと氷の板を横殴りに6枚割ったり・・・ 飛んでるハエを箸で掴むなんて、まず誰にも絶対出来ないし、氷の板をチョップで6枚割ったりなんて、カラテの有段者でもまずできない。弟子は弟子で物凄い才能だ。強くなって当たり前なのだ。正味2ヶ月間修行しただけで倒された、ジョニーやコブラ会の先生は殺されなかっただけでラッキーだ。

まあ、おそらくテコンドーのおそらく韓国系の出場者以外、完全なゆとりカラテ大会でしたけれどもね・・・

 

ダニエルさんは、ミヤギさんのいったことをほぼ忠実に守る。

訳も分からないワックスオン・ワックスオフの修行だとか、燃えよドラゴンに通じてる相手からは絶対に視線を外さない挨拶の仕方とか、パート2だけど、相手にトドメを差さない誇りだとか・・・

 

弟子は達人(マスター)の言うことを忠実聞く。疑わない。「史上最強の弟子ケンイチ」とか、スター・ウォーズに通ずる精神は、アメリカ人も大好きなのかもね・・・ 私自身大好きだけれど・・・

 

ちなみに、ミヤギさんが、みんなにミヤジさんと言い間違えられてしまうのは、当時、アメリカのカリフォルニアにはホンダやヤマハに比肩する、『ミヤジ自転車』という有名な日系企業があって、ダニエルさんもはじめて、ミヤギさんの部屋へ訪れたのは、自転車を修理してくれたお礼を言いに行くため・・・だからである。当時買ったロードショーにそう書いてあった。



格差社会の方のエピソードも、秀逸だ。

アリの両親は、夜更けにテニスから帰ってくるセレブリティっぽいエピソードとか・・・ まあ、どうでもいいんだけど、書くとまた長くなるので割愛する。

 

旧作のベスト・キッド2の方だったと思うが・・・あのフィリピンっぽい沖縄が舞台の作品の、印象的な子弟のエピソード。

 

「ヘィ、ミヤギ・・・僕が悩むと、必ず、何らかの仕事をさせるよね・・・」
「ダニエルさん。それは偶然だ。」

 

とにもかくにも、今見ても、サバイバーのジ・モーメント・オブ・トゥルースを耳にしても、ほんと泣けてくる。

 

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2010年8月25日 (水)

第10回 恐るべき算定:後編

※このブログは相当フィクションです。

 

現実にはあり得ない話です。

ここから加速度的に展開する、リアルっぽいありえない描写は、将来の芥川賞候補の作者の筆力のなせるワザです・・・ ちなみに、このシリーズは20回まで続く予定です。

 

 

健康保険と厚生年金保険の保険料を算出する元となる、“定時決定”・・・この事務所では“算定”と呼ばれる作業の最中に判明した恐ろしい出来事とは・・・

この作業の概略を説明しよう。

 

まず、

①社会保険事務所(現在は年金事務所)は顧問先の企業に対して、被保険者のデータが入ったフロッピーを送りつけてくる・・・

②そして顧問先の事業主はそのフロッピーを当事務所へと送付する。

③当事務所はそのフロッピーを、社会保険庁(現在は年金機構)が提供するプログラムに掛けて、4,5,6月の賃金の総支給額を入力し、その被保険者の1年分の保険料の算定の基礎となる「報酬月額」を算定し、それをまた管轄先に社会保険事務所へと送り返す。

④社会保険事務所は、それを元に「標準報酬月額」を決定、顧問先企業へと通知し、一連の作業は終了する・・・

 

実に単純な作業である。複雑だなと思いねー。

やってみれば簡単なのだ。そんな一つや二つ、あなたも世の中でいくつも経験しているだろう。

 

社会保険事務所が提供するプログラムに、フロッピーを読み込ませた時、

 

アレ?

 

っと思わせることがあった・・・

 

もうずいぶん以前に退職して、現実にその事業所にはいないはずの人が、フロッピー上存在しているのだ・・・ まだ辞めていないことになっているのだ・・・

 

アレ?

 

「これはどういうことですか?」と私は聞いた。奥さん先生はシレっと答えた。

「ああ、たまに、そういうことがあるのよ・・・」

 

あ、ありえね~~~

 

ガクゥゥゥ ブルーーーーゥゥゥゥゥゥ、震えが来た。オカンがきた。悪寒が来た。

 

私は確かにこの業界ではまだ3ヶ月目の初心者だ。しかし、パソコンの知識はそれなりのものがあるという自負がある。パソコンの世界は1と0の世界だ。2進数の世界だ。

 

「たまに」というような曖昧なことが起こる訳がない・・・パソコン世界でありえることと、ありえないことの区別くらいはつく。

 

正直、自分自身パソコンを使えると思っている老人ほど始末に負えないものはない。

 

たまには、そんなこともあるわよ・・・ という解説に、「ああそうですか・・・」と答える訳もなく、間髪いれずに社会保険事務所へとTELを入れた・・・

 

余談だが、社会保険事務所(当時)へは電話が全く繋がらない。100回掛けて1回繋がればいい・・というような組織だ。あまりに繋がらないから、「適用課」ではなく「庶務課」とかの直通番号へ掛ける。「大至急、適用課へ回して下さい」・・・と。庶務課の人は「少々お待ち下さい」・・・と言ったっきり、5分くらい保留音が流れて、いきなり電話が切れる・・・というような組織であった。

それは年金事務所となった今も変わらない。そりゃ、庶民も年金行政に不信を持つよ・・・

 

「もしもし、私○○社労士事務所のシャチと申します」
「お世話になっております」
「お世話になっております。当方は社会保険労務士事務所なんですが、当方の顧問先の従業員の方なんですが、1年半前に退職しているはずなんですが、フロッピーには名前があるんです。どうなってるのか、ちょっと調べていただけませんか」
「少々お待ち下さい・・・ その事業所の記号番号をお願いします」
「○○の××です」
「その従業員の保険番号は分かりますか?」
「△△番です」
・・・
資格喪失届は出てませんが・・・
「え~~~~~そんなことありませんよ。1年半前に辞めてる人ですよ」

 

心臓が凍り付く・・・ 要するに、辞めたはずなのに、資格喪失届がまだ出されていないのだ。事業主から手紙なりTELがあって、「あの人はクビにしたから、手続宜しくお願いします」と言われたはずなのに、全く手続を行っておらず、ほったらかしになっているのだ。厳密に言えば、資格喪失届は出している、出したつもり、なのに、なぜか処理されていないのだ。中途入社の私にはその辺りの深い理由は分からない。

 

計算してみると、その期間1年と半年で、保険料は総額50万円近くをオーバーしている。払う必要のない保険料を払ってしまっているのだ。社会保険事務所から事業主へと請求される保険料は、従業員全員の総額なので、アバウトな事業主は気づかないでいてしまったのだ。

だけど、50万円強とういう金額は、リッチな事業主にとっては大きくなくとも、被保険者・・・従業員にとては大きくないですか?

 

私は、顧問先台帳の全ての従業員に対して、もう一度、本当に現在も在籍しているのか、確認してみることにした・・・ 

すると、恐ろしいことに、『資格喪失モレ』とでも表現すべき、会社を退職して在籍していないのに、手続上在籍したままとなっている元従業員が3人いた・・・ その後、辞めてるのに、雇用保険の喪失がかかってない従業員が2人いた。

 

計5人の喪失モレが判明した。ななな、なんだよ・・・これは・・・

 

その後、どう対処したかといえば、資格喪失届に始末書を1枚添付しておしまい。社会保険事務所は何も言わず、何も問題にすることもなく、それを受け取る・・・でおしまい。

 

社会問題化してもいいレベルの話じゃないのか、これは・・・ まあ、私の前任者が恐ろしく仕事が出来なかった・・・という話なのかもしれない・・・ しかし、見逃すなよ・・・社会保険事務所! 表に出れば、所詮叩かれるのは、お前らだろうが・・・ お前らもっと問題にしろよ、お前らが問題にされてる場合じゃないだろうが・・・

 

事業主は、本来払う必要のない保険料が帰って来るのだから、いい加減な仕事をしやがって・・・と怨みこそすれ、内心喜んだかもしれない・・・ ちなみに、さきほどの事業主は、結局50万円近く、還付されることになった。

 

だけど、そんな立場におかれた従業員はどうなるのか・・・

 

1年半近く、本来は国民年金保険料を納めなければならなかったのに、督促が来ることもなかったのだ。結局、収めなかったかもしれない・・・ しかし、1年半近く、まとめて20万円ほどの保険料を納付しなさい・・・と督促が来ることになったかもしれない・・・ 納期限はそれでも・・・あと半年なのかもしれない・・・ それを個人が背負わされることになる。

 

ちゃんと喪失届が出されていたなら、雇用保険の失業給付を受けることになったかもしれない・・・ 離職票が届かないばかりに、その機会を永遠に失ったのかもしれない。

 

確実に、従業員、元被験者の人生は狂わされることになったのではないのか

 

先生曰く、「そんなことを心配する必要はない。もしそうなら、自分で手続が正常に行われてないと、言ってきてるはずだから・・・ もし離職票が必要なら、手続が正常に行われてないと、自分から言ってきてるはずだから・・・」

 

ちゃんとした知識のある被保険者なり元従業員なら、確かにそうしたのかもしれない・・・ そうでない可能性もあるのではないか・・・ 離職票がこないから、ハローワークへ行けなかったのではないか。催告書がこないから、国民年金の加入の必要を認めなかったのではないのか。無知ゆえ、泣かされるハメに陥ったのではないのかぁぁぁぁ!

 

私は、事務所の杜撰な手続を是正した・・・

 

とは受け取ってもらえなかった。私は、一環して、基本、従業員の立場となって、従業員の利益のためには見過ごせないことは見過ごさないというスタンスをとってきた。

 

しかし所長夫婦には、そんなことは些末なことで、また、余計なことをした・・・ と解釈されてしまった。事業主にこの一件、どう説明すればいいのか・・・と。実際、所長も事業主へのこの件の説明が、嫌で、嫌で、かなり凹んでいた。いい気味だw

 

でも、ありえない。ありえなさすぎるよ・・・

 

もう、ここは、常識や理屈は通用しない世界なのか・・・

第1部:完

 

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2010年8月23日 (月)

第9回 恐るべき算定:前編

何はともあれ、社労士受験生の皆様、試験ご苦労さまでした。

チラっとオフィシャル覗いたら、今年の受験申込者は初の7万人超えだとかで、ますます、社労士に対する社会の認知度がUPし、資格に対する関心も高まっているようですね。
反面、社会に対する社労士への貢献や期待も高まっているのだと思います。

何はともあれ、とりあえず、今はゆっくりと疲れを癒してください・・・

 

社労士の資格を取ったがため、苦悩し、苦労し、しかし、食いっぱぐれることなく渋太く生きている先輩がここにいる・・・ 

私も来週あたり、試験に挑戦してみよう・・・と思います。

 

 

 

※この小説はフィクションです。

夏のある日、この事務所では“算定”と呼ばれていた、“定時決定”の作業に取りかかっていた。

要するに、顧問先の社員の4,5,6月の給料の総支給額を聞き出して、9月からの健康保険、厚生年金保険の保険料の額を決める、『報酬月額』を導き出し、それを社会保険事務所(当時)へ申請するという作業だ。

当事務所では、その一連の作業をWindowsのソフトで行い、フロッピーで提出することになっている。要するに、電子申請の一歩前の「磁気媒体申請」という奴だ(詳しくはリンク先から見ていって欲しい)。

 

この一連の作業でもすべて私一人にやらせられたくせに、ほんと、大いに泣かせられた。

 

例えば、もう何十人もある給料の金額をパソコンを入力していくのは、大変手間のかかる作業なので、いつしか、“縦”に入力するようになった。つまり、顧問先から渡された賃金台帳を、4月なら4月分を一気に“縦”に入力して全員分終わったら、次は5月分を一気に“縦”に入力、最後に6月分を一気に“縦”に入力する・・・という具合に。

私はもうパソコンの画面はほとんど見ずに、恐ろしいスピードで賃金台帳だけを見ながら、ブラインドタッチで一気に入力していくことができる。そしてその方が絶対的に入力ミスも少ない。

ところが、この手段に対して難癖を付けられる。曰く、

 

「そんな入力の仕方で、顧問先従業員の特徴を一人一人捉えることができるのか?」

 

曰く、一人、一人、4月、5月、6月と入力することによって、その人の特徴を掴むことができ、その従業員を覚える事が出来るのだ・・・と。あ、あの人給料上がったね!、あの人最近給料落ちっぱなしじゃん!・・・しいては、その会社の業績や景気を判断することもできるのだ・・・と。

理屈は分かる。確かにそれが理想なんだろう・・・ 所長夫婦は例年そうしてきたのだろう・・・ だけど今年に限っては、私一人にその入力作業をすべて押しつけて、全く手伝ってはくれる気はないのだ。7月10日という期限がそこにはある。時間なんていくらでもかかってもいいだろう、残業してやればいいだろう・・・ という。1円たりとも超過勤務手当を払う気もないくせに・・・だ。それよりなにより、あなた達は、そうやって入力して、本当に従業員の特徴を掴んできたのか・・・

挙げ句には、「あ~ワタシも入力したかった!」とか言う・・・ イジメかよ!

「来年からそうします・・・」とだけ言った。

 

しかし、問題はそんなことではなかった。

この作業を通して、恐るべきことが判明することになった

 

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2010年8月16日 (月)

第8回 ラーメンの屈辱:後編

所長は何を思ったか、『ラーメンが食いたい』と言い出した

お昼時、K市の駅前のそのラーメン店は人気のお店なのか、結構混んでいた。15分ほど並んで、まず、所長一人があい掛けの席に案内された。私はさらに10分ほど行列の先頭に立って待った挙げ句、カウンターの一番奥の席に案内された。

(もちろん自腹で)ラーメンの食券を購入し・・・ ちなみに先生は自分の分は経費で落とす・・・ 私の隣の席がちょうど空いた。店員さんは、気を利かせて、別の席に座っていた所長をこの席へと案内し直した。

そして二人で並んでラーメンを食い、店も混んでまだ立って並んでいる人もいたから、早々に店を後にした。外の道で・・・

突然、ヨーダがタメ息を吐き、激怒し始めた。

 

「なぜ、カウンターの奥の席に、お前が座ってるのか?!!!!!」と・・・

 

 

ハア?

 

 

アナキンの吹き替えの声の人ならそう言ったろう。

曰く、奥は目上の人が座る席で、手前は目下の者が座る席なのだ・・・と

私は、そう言われた瞬間、ちょっと寒気が来てしまった。パニくった。何を言ってるのだ・・・この人は・・・ 店が混んでたからそうなっただけで、店の人が気を利かせてくれたから、たまたまそうなっただけなのに、この人は、私が先に席にカウンターに座り、後から自分がカウンター席に案内されたと、完全に思いこんでしまっているのだ・・・

 

そして、「電車で一人で帰りなさい」と言われてしまった。

 

意味が分からない・・・ けど、もうそうするしかない・・・ 命令には絶対服従だ。

 

事務所に着き、一人で帰ってきた私に対して、奥さん先生が訝しがり、「何で一人で帰って来るのよ」と問いただした。ことの次第を全て話し、全く意味が分からない・・・と答えた。

「何でそんなことになったか、考えてご覧なさい・・・」と・・・

私も、かなり頭にきていたのんで、思いがけず言ってしまった。

「先生は席を立った瞬間にこれまで自分が先に案内され、先に一人で座っていたことを、完全に忘れてしまったとしか思えません・・・」

「人の主人をボケ老人みたいに言わないで頂戴!」

しまった!と思ったが、あとの祭り・・・ 今度は奥さん先生が激怒してしまった。しかし、本当にボケてしまっているのだから、言わない訳にもいかない・・・

「あの人はねえ、あなたは知らないかもしれないけど、過去には大きな会社で中心となって大リストラも断行し、労災の専門家として大きな事件も扱ってきた・・・うんたら、かんたら」

奥さん先生も涙目で激怒・・・

確かに、かつての先生は労災だけでもう、6人ばかしの人を見送ってるプロ中のプロだろう。その点に関しては尊敬もする。だけど、このラーメン屋の一件だけは、どうにもこうにも納得できない。

今現在の現実は、事務所に来るなり、朝、犬の散歩で疲れたからって、いきなり、カウチに毛布を敷いて、昼間しだして、寝屁をこいて、その間私一人にすべての業務をまかせ、昼まで寝て、昼になったら、昼で昼食を取りに自宅に帰ったっきり、3時過ぎまで事務所には戻って来ないような人なのだ。もう、歳相応の老人なのだ・・・ 自分じゃまだ若いつもりなのかもしれないが、電車で立っていれば、完全に席を譲られるような世代なのだ。

 

その後、先生が事務所へ戻ってこられ、私は心の中で泣きつつ、「申し訳ございませんでした」と頭を下げた。

 

「分かればいいんだよ」と先生はおっしゃった・・・

 

私は、この事務所で自分のおかれている立場・・・もし理不尽な問題が起こっても、どんなに私が正論であったとしても、私に協力する者は誰もいない・・・私は、孤立無援・・・であることが分かった。

こんなの、業務とは関係ないただの笑い話だが、これが夏の暑い日に起こった、ラーメン屋事件の真相である。

 


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2010年8月 8日 (日)

第7回 ラーメンの屈辱:前編

※この物語はフィクションです。

8月、この頃、決定的に私と所長夫婦の間の人間関係に決定的な亀裂を生む事件が起こる。某この地方で発酵食品を製造する中堅規模の食品製造業のクライアント先へ行ったときの話だ。

 

某クライアント先では、これまで、退職金は適格退職年金で行っていた。これも実に問題の多いシステムで、結局は平成24年までに廃止させることが決まっている制度だ。

何が問題かというと、適格退職年金を声高に始めたバブルの頃の予定利率を実行し得なくなってしまったことだ。その頃、この適格退職年金を行う各保険会社は、だいたい5%台の運用利回りで企業から徴収した金を運用し、それに基づき退職金を支払うという絵を描いていた。

しかし、昨今の経済不況で、どうがんばっても、1%台の利率でしか回せなくなっていた。そんなことは全く考えずに退職金を設定するので、定年を迎え、退職金を求める労働者に支払う原資が不足しはじめてしまったのだ。

退職金自体はそんなシステムとは関係が無く、就業規則や退職金規程で定めているので、当然、その規程に沿った額を事業主は支払わなければならない。けど、そんなお金は払えない。で、この会社では結局は裁判沙汰にまでなってしまった

 

結局、裁判では負けて、その退職者には規約通りの額を支払ったのだけれども、そういったこともあり、適格退職年金から中小企業退職金共済へと退職金の規程を改め治して欲しいというのがその依頼であった。

中小企業退職金共済・・・中退共とは、事業主は一定の額を拠出するだけで、退職金の支払は結局、中退共が行うことになる。企業はわざわざ退職金を積み立てたりしなくてよいので、管理が非常に楽だ・・・ もし、その企業が倒産したとしても、お金の管理は中退共が行っているので、退職金が支払われなくなるということもない。退職者がすぐに再就職して、その再就職先でも中小企業退職金共済を行っていれば、退職金を貰わずに継続する・・・ポータビリティを行うこともできる。

その反面、拠出した額に毛の生えた程度の退職金しか支払えなくなってしまうということだ。

 

ここでの最大の問題は、これまでの手厚い適格退職年金から、手薄い中退共に変えたら、そもそもの退職金規程で謳ってた額の退職金は出せなくなってしまうということだ。ようするに、労働条件を低下させることに他ならず、明らかにこれは労働基準法違反となってしまうはずだ。

この最大の問題に対し、ここで働く労働者は気づいているのだろうか・・・

 

私は、この一連の作業を通して、退職金規程を作成を学び、非常にタメになった。そして、退職金規程を作成し、事業主に提出し、このシステムを説明する・・・

 

しかし、就業規則の変更に際し、「労働者の同意書」も提出させ得たので、これにて一件落着となったが、本当に、労働者は自分の退職金がほぼ半減してしまうことに、気づいているのだろうか・・・

 

もう、誰もそのことに対して何も問題は言わない・・・・ 昨今の不況から、雇ってもらえてるだけでも有難いと思うのが、今の風潮かもしれない。企業の退職金、退職年金は、JALや早稲田大学教職員組合の事件を持ち出すまでもなく、労働者側は勝てず、世論も味方しない。

 
 

冒頭に書いた、決定的に私と所長夫婦の間の人間関係に決定的な亀裂を生む事件・・・とは、この話とは全然関係がない。

 

この一件が片付いて、昼食という段になったときの話だ。

 

所長は何を思ったが、「ラーメンが食いたい」と言い出した。

後の世にいうカノッサの屈辱・・・ならぬ、『ラーメンの屈辱』である。

 

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2010年8月 4日 (水)

第6回 すべての労働者は奴隷ではない

※この物語はフィクションです。

明日の土曜日、先生のヨットサークル所有のヨットの底面に新しい塗料を塗るとかで、よかったら手伝って欲しいとのこと・・・

 

何ゆえ・・・?

 

とりあえず、笑顔で二つ返事で引き受けた。その日、仕事が終わってから自宅近くのしまむらに駆け込んで980円のジーパンを購入。時刻はもうPM6:45くらい、あと15分で閉店というのに、私の短足に合わせて、無理いって裾上げをやってもらった。しまむらの、おそらく、パートのおばちゃんも、内心嫌々ながら、笑顔でやってくれた。感謝の念が耐えない。

しまむら最高!

で、翌日、自腹で三浦海岸まで電車で2時間ほど揺られた。

 

当日は雨の予報だったが、薄日が差す、この時期(6~7月)の気候と相まって、とても気持ちいい天候となった。

 

大人4人を後部座席に詰めこんで、そのヨットのあるドックまで出かけていった。そして、そのヨットに乗り込んで、作業をするドックまでしばしクルージングとあいなった。

そりゃ、やっぱり気持ち良かったですよ。三浦の海は・・・ 脇の下をくすぐるそよ風と、ときに目を細めつつサンサンと照る太陽は。海の上からも、小魚みたいな群れが見えたし・・・

 

先生のヨット仲間に紹介され、「あの辺が石原裕次郎の別荘がどうのこうの、ルーシー○ラックマンさんが捨てられていたのはどの辺だ・・・」とか、どうでもいい、その辺りの情報を仕入れつつ、「是非、こんどはクルージングに参加しなよ」と声をかけられ、「ハイ。是非。」と答えたが、その機会が訪れることは永遠に無かった・・・

作業をするドックにて、ヨットを陸に上げ、底面についた海苔みたいな、藻みたいなのをヘラとジェット水圧器みたいなのでこそげおとして、小一時間ほど無償の労働をし、昼食と相成った。先生は、そんな様子を見ながら、まったく、作業には参加せず、昼寝していた。

 

誰かが車を走らせ、どこかの弁当屋で人数分の弁当を買ってきて、昼食とあいなった。ビールやワインも振る舞われ、もう、腹もいい加減減っていたので、ほっけ弁当をむしゃぶりつくようにして食った・・・

ところが、人数分あったはずの弁当が一つ少なくて、ずっと昼寝をしていた先生の分が無かった。働かざる者食うべからずだ!

先生は、しょうがなく、一人でその辺の食堂へと歩いていった・・・

ハッハッハ!

 

とにかく、飯を食ってから、今度はシンナー系のなんだか劇、危なそうな薬品をヨットの底面に塗りつけて、もともとある塗料をこそげ落とす作業となった。

100円ショップで購入したような安物のレインコートが支給されていたが、その劇、危なそうな薬品はレインコートに付くと、一瞬で溶かし始める・・・ 皮膚につくものなら、なんだか、むかし高校の科学の時間にふざけててフラスコを割ったときのような薬品火傷のような激痛が走る。薬品の火傷ってハンパなく痛い。

 

ユニクロ・・・じゃなかった、しまむらの、オバチャンが必死で裾上げしてくれたジーパンもボロボロになる・・・ 自前のボロボロのスニーカーも、さらにボロボロになる・・・ もう、信じがたいような無償の激務が約5時間くらいは続きました・・・

 

で、ようやく日も暮れて、目処がついた夕方、私はこの作業から開放された。明日も続けるとのこと・・・ 私はなんやかんやと、理由をつけて、明日は参加できない旨を告げ、帰宅とあいなった。

 

そして、また、自腹でバス、電車と乗り継いで、自宅まで帰ってきたときは、もう夜の9時を回っていた。くたくたのくたたくた。

 

今でも、これはいったい、何だったのか、よく考える。

 

なんで無償で、すべて自腹で、こんなことに参加させなければならなかったのか・・・

なんで、自前のジーパンや、シャツ、スニーカーを台無しにして、こんな重労働を貴重な休日にさせられ、なんで、日当の『に』 の字も出てこなかったのか・・・ なんで、こんなことに、好意で参加させようとしたのか・・・

 

そりゃ、立場の弱い私としては、よろこんで参加しない訳にはいかないでしょう。

そして、、笑って笑い話として終わるはずであった先生が働きもせず昼寝してたから弁当を食い損ねた件だが、翌日から1週間、ネチネチ、ネチネチ、嫌味を聞かされることになる。先生の奥さんもその話を どう聞かされたのか、先生を起こさなかった私が悪かったみたいに、ネチネチ、ネチネチ、口撃してくるのであった・・・

 

思えば、先生夫婦と、私との心の乖離はこの辺りから始まっていたようだ。

 

社労士の仕事を垣間見せるかわりに、いっさいがっさい全てにおいて無償で労働力を提供し、時に自らの犠牲を強いるのが当たり前だと思っている人と、あくまで従業員は労働者であり、労働者は労働基準法で守られる存在だと思う人と・・・

 

社労士という職業と士業の矛盾点がそこにあった・・・

 

私は、雇われ人として、プライドと誇りを持って誠心誠意尽くしてきたつもりだ。毎日、毎日、便所掃除もした。事務所の便所が汚いのは、私の矜恃(きょうじ)が許さないからだ。

 

すべての労働者は奴隷ではないのだ。

 

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