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2009年2月27日 (金)

転職&職業訓練 最左翼の社労士先生

またブログの更新をトド凍らせてしまったが、一つに飽きたのと、二つには、テンションが上がらないからだ。

テンションが上がらない理由は、一つに就職が決まらないのと、禁煙中でタバコが吸えないのと(ほぼ2ヵ月経過!)、満足に趣味の『乗馬の鑑賞に附随する儲かったり損したりする券』が買えないのと、税理士科目である簿記論の勉強が難しすぎるからだ・・・ 簿記論の勉強は、はっきりと簿記2級の比ではない。本当にガックリくるくらい難しい。難しいが故に落ち込む。気分がサックリ沈む・・・ 「5分で解きなさい」というような問題にたっぷり1時間くらいかかる。1時間かけても解けない・・・ その繰り返し・・・ そもそも簿記論の教科書なんてほとんど売ってない。一般の本屋さんにはまず売ってない。大きめの本屋さんにしかおいてない。しかも1冊3,000円以上する。社労士、行政書士とは違って税理士、会計士の資格はあきらかに需要がないのだ。最初から資格予備校に通わなければ取れる資格じゃありませんよてな雰囲気が漂っている。

 

余談ではあるが、先日2月22日に行われた、第121回の簿記2級の試験を受験された皆様、お疲れさまでした。私も、職業訓練校の級友に問題をコピーさせてもらって、挑戦してみました・・・ が・・・ な、何だこれは・・・ という・・・ いっちゃあ悪いが、ずいぶんと簡単すぎる内容

問2がオーソドックスに推定の『伝票』、問3がオーソドックスに『精算表』、問4が苦手な受験生が多いとはいえ、難しいのは「燃料」の扱いだけで「直接経費」に触れない『費目別計算』、問5が「仕損、減損」の出ない『総合原価計算』。

標準原価計算も直接原価計算も全部原価計算も、工簿の後半の難しいところには全く触れずで、たとえ工簿の学習が途中で挫折してたとしても、100点取れる内容。超ラッキー回だったのではないでしょうか・・・ おそらく合格率は35%~45%に跳ね上がると思います。

(※編集脚注 第121回日商簿記2級合格率:43.1% 過去5年で2番目に高い)

 

では、前回の続き。

前回の面接の結果待ちをしている間に、何事もなく1週間が過ぎて、もうこれはダメだと見切りをつけ、さっそく次の求人を申し込んで面接にこぎ着けた

なんと、そこは今私が住んでいる場所から原チャで約30分のご近所だった。

もう、いちいち電車を使うのもバカバカしくなってきていたので、原チャで行くことにした。だんだん、だんだん、気が抜けてしまい、緊張感がなくなってしまっている。さすがに、この真冬に原チャはマズかった。しかも面接時刻の約5分前に到着というヤル気の無さ・・・ 体が冷え切ってしまって、面接中ガタガタ震えてしまい、歯が噛み合わない。今回のミスは、そんな雰囲気が相手にも伝わってしまったのだろうという点につきる。

 

応対してくれた、そこの所長は、推定40代半ばのダンディな紳士だった。やや薄くなりかけた頭髪が先生の人生を物語る。我の強そうなイケイケな性格で、面接は約30分間と短時間だったのですが、ほとんど先生が一人でしゃべり続けて、こちらからは特になにも発言させてはくれませんでした。とはいえ、個性的で非常に面白かった人物でした。

先生が特に重視されていたのは、『電話を掛けまくる。飛び込み営業に物怖じしない。そういう顧客開拓の姿勢に耐えられるか? あなたはそれをヤル気があるか? 出来ますか?』ということでした。先生はそれを『ドブ板営業』と例えられ、そこに社労士業で成功していく秘訣を見いだされているようでした。いわく、『現在の多くの社労士の先生方はプライドが邪魔するので、そういったことができない。我々は平気でそれをやっている。だから顧客をつかむことができるのだ・・・』

 

『故に私はあなたに問いたい。あなたは、将来社労士として独立する気がありますか?』

 

なるほど。一理あります。私がこれまで面接をさせていただいた先生は、多くが二代目だとか、前職関係のコネありだとかでした。コネも地盤もなく、自らの能力を頼りに、自らの知力にかけ、いち社労士として世に出ていき、人も雇おうかとそれなりに成功された方の言葉としては含蓄があります。強固なコネあり地盤ありで末代まで安定な二代目先生が社労士の最右翼とするなら、先生は社労士の最左翼といった感じです。

とはいえ、『あなたは、それが出来ますか? ヤル気がありますか?』と問われて、即、『もちろんです!』なんて答えられる無職なんて、詐欺師や調子者を別にすれば、この世にいる訳がない。それを分かっていただけなかった・・・

『もちろん。将来的には私自身そうなりたいと思います。しかし、私自身、明日からすぐそれが出来るかと問われれば不可能だと思います。現実的に、ここでそういったノウハウを学ばせて頂ければ・・・と思います』とだけ答えた。

それが気に入らなかったのか、アッサリ面接は短時間で終了し、もう翌日には、お祈り(お断り)のビジネスレターを発送されてしまっていた。もしかするともう、意中の人がいたのかもしれない。

とはいえ、そのレターの文面は、少しは気が利いたものだった。『・・・今回は縁がありませんでしたが、ここで知り合ったのも何かの縁でしょうから、将来あなたが独立した際には、協力していきましょう、うんぬん。』と。

 

それはそれで、私の方からも利用価値ある先生だと思わせてくれる方であったということだ。なかなか悪い気はしなかった。ただ、私は思うが、営業力のみで、社労士、行政書士程度の資格で、コネや地盤もなく、この先の競争を生き抜いていけるのだろうか。年収500万円~1,000万円以上を獲得し続けることは可能なのだろうか・・・

もちろん、それには、社労士として自身の資質を高め、能力、知識、経験、ネットワークを広げていくことが鍵となるだろう。

ただ、『税理士』を取ってしまえば、そんなハゲるほど精神をすり減らして営業しなくとも、可能なのではないだろうか・・・ たかが1万5千円ほど本を買って独学し、1年ちょっとで社労士を取った自分にとって、『税理士資格』はそれほど不可能な資格ではないのではないか・・・ 

ゆとりの“職業訓練”の授業を通して、そういう思いが頭をよぎるようになってきた。

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2009年2月12日 (木)

転職&職業訓練 なかなか厳しい就職活動 2

年をまたいで、久しぶりの社労士の勉強はそりゃ楽しかった。「憶える」「記憶する」「考える」というタイプの勉強はどういう分野であれ、辛い。しかし、「思い出す」「確認する」というタイプの勉強は非常に楽である。これを読んでいる社労士試験勉強中の方もいられると思うが、そろそろ飽きてきて苦痛になってきているかもしれない。しかし追い込みの8月頃には最終的には平日で5~6時間、休日ともなると10時間以上勉強しなければならなくなるだ。それが辛くとも可能なのは、「思い出す」「確認する」というタイプの勉強だからだ。

職業訓練も再開し松の内も明けて、1月の半ばころに、前出の社労士法人の所長(社長?)面接とあいなった。訓練終了後、夜もすっかり暗くなった頃に都内某所の事務所へと訪れた。まず控え室に通されるとそこには先に同じ年くらいの女性がすでにいた。どうやら彼女と2人で所長の対面面接を受けるみたいだ。しばらくして、所長室に呼ばれた。

所長はタバコの煙を吐き出しつつ、閉口一番こう言った。

「私が一番知りたいのは、この仕事を死ぬまで続ける気があるのかどうかということだ。自分にこの仕事が向いているか、向いていないかということではなくて、何が何でもやり抜く気持ちがあるのかどうかということだ。そこんところ、自分自身の将来も加味してどう考えているかね?」

「あ、はい。もちろん。それは当然です。私にはこの仕事しかないと思っています。もう以前の仕事(DTPオペレータ)には戻れません。ゆくゆくは、5年先か10年先か、自分自身のカンバンとジバンで独立し、自分自身の事務所を持ちたいと考えています。」

「そうか。うちの会社を背負って立つ人材がほしかったんだが・・・」

誘導尋問だったんかよなどと考えながら、約1時間半の長い面接が始まった。これまで社労士事務所に面接を重ねて何人かの先生とお会いしたが、ほんといろいろなタイプの先生がいらっしゃる。一人として同じタイプの先生にはお会いしない。よくいって個性的、一国一城の主なのだが・・・

今回の先生は、自分自身が完全に中小企業の社長、事業主タイプだ。営業職から父親の地盤を引き継いだということらしい。そんな所長の身の上話から始まって、猛勉強の末、社労士試験を高得点で合格したこと。営業の苦労話やコツ、そういった話が延々続いた。

そして話が、いまどういった勉強をしているか・・・ということに及んで、たまたま労基の年次休暇のところを勉強していたので、

「年次有休休暇には余り知られていないが“時効”という概念が存在してて、実際は、最長40日間の休暇を取る権利が労働者側にはあるのだが、法律の条文には“事業主は20日以上有休休暇を与える必要はない”となっているから、ちょっと法律をかじったくらいの労働者は誤魔化されてしまうケースもありますね・・・」

みたいなことを話したら、

「私は前職の営業を止める際も、有休休暇なんて1日も取らなかった。仕事のできない奴にかぎって有休を取りたがるんだよ・・・」

「え?」

と、内心思ったが、「なるほど。含蓄があります。」おべっか半分で頷いてしまった。完全に事業主がそのまま社労士をやっているようなタイプの方だった。極めつけは、

「入社してしばらくは使用期間ということで、保険は雇用と労災だけのアルバイト契約になるからそれでもいいかね?」

と言われたことだ。内心、それは明らかに健康保険法と厚生年金保険法違反だと思ったが、社労士になりたい気持ちが勝ったので、

「はい。それでもかまいません」

と答えてしまった。そして最後に、

「他に応募してるところは無いだろうね。みんな、ハイ。第一希望は御社です。御社しか応募しておりませんと答えるんだが、実際は複数応募していざ採用の段になると断りを入れてくる。それが一番困る・・・」

そこまで言うからには採用してくれるのだろうか・・・

 

社労士事務所に入ってまで、「有休休暇は自由に取ってもかまいませんよ。ただし、仕事の調整ができるならね」的な典型的中小企業の社長的発想の先生の元で働かされることになるのだろうか・・・ でも、ともかく社労士として(あるいは社労士補助として)社会に出ることが第一だと思ったので、些末なことにはとりあえず目をつぶろう・・・ そういう気持ちが勝ってしまった。

イケイケな社長社労士に気圧された自分自身に唾棄しつつ、ほんとうは一服したい気分だったんだが、ニコレットを噛み噛み、その場を後にした。

そして2週間待たされた挙げ句、前述の血の涙もないというより、全くその辺のネットでコピペしてきたような「お断り文章」を受け取って酷く落ち込んでしまった。何からなにまで典型的中小企業の社長的発想の先生だ。

しかし、その先生に対する反感があるわけではない。悔しいのは、自分自身が年収300万、時給にして1,000円の価値もない人間だと見くびられてしまったことである。それに対して、ニヘラ、ニヘラとへつらうプライドの低さが自分自身を落ち込ませた。さらにタバコが吸えないのと、職業訓練校の税法や簿記論が鬼難しいのも、気分が優れない原因だ。

どうせ採用されないなら、「フン。先生それは法律違反でしょ。」と鼻で笑ってやるばよかった・・・ 糞社労士なんか滅んでしまえ。

 

しかし、今振り返ってみれば、そこの職場は、男性が多かったみたいだったので、女性を採用したかったのかもしれない。最初は採用するはずだったが、急激な経済情勢の事情が発生したのかもしれないし、そんな志の低い先生のところで働かずにすんだのは神の采配でむしろ私は救われたのかもしれない。そう思って自分を慰めつつ・・・

 

とはいえ、現実的には、その面接の結果が終わった次の日には、また職業訓練帰りにハロワに寄って次の面接を取り付けていた。たとえそこに採用されたとしても、もっと他にいい働き口があるかもしれないではないか・・・ そこへあくまで現実的な自分がそこにいた。

 

そして次の社労士の先生も、極めつきに超個性的な方で更なる衝撃を受けることになる。

  

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2009年2月 7日 (土)

転職&職業訓練 なかなか厳しい就職活動

先週の金曜日の話です。

降りそぼる雨の中、満員電車に揺られて真冬でも汗をかきかき、職業訓練校からトボトボと戻ってきてみれば、銀色の集合ポストの中に、先月から2度にわたって面接を行っていた某社労士法人からの封筒が・・・ まさか・・・

『拝啓、いよいよご健勝のこととお喜び申し上げます。
 先日は、履歴書ご送付賜り誠に有り難うございました。
 さて、貴殿の就職に関し慎重に選考した結果、誠に残念ですが、
 今回は採用を見送らせて頂くことになりましたので、ご通知申し上げます。
 今後一層ご健勝でご活躍くださいますようお祈り申し上げます。
                                  敬具』

この見事に内容のない定型文を戴くために、私はこの社労士法人に付き合って2ヵ月もの期間を棒に振ったのかと思うと哭けてきた・・・ ひどく鬱状態に落ち込み、精神がゲシュタルト崩壊した・・・

 
 

話は12月の半ばに遡る。

いつものように求人に応募して、『会社に一度入らして下さい』の連絡を携帯に受けたのは、職業訓練の昼休み中だった。『ハイ、ハイ、分かりました。』と答え、週末の午後6時、都内某S区にあるその法人事務所に訪れた。挨拶もそこそこに、まずは『適正検査』をやらされた。実は、前回別の事務所でも『適性検査』をやらされたが、設問は見事に全く同じだった。調べてみると『CUBIC』というものらしい。流行ってるのだろうか・・・

別に適正検査を受けるのが嫌だという訳でもない。“御社”がどういう人材を欲しているのかを最初にまず説明してもらいたい。それにあった解答をしたいから・・・ 社交的で行動的な営業タイプを求めているのか、堅実で慎重な事務タイプを求めているかとでは、答えが180度違ってくるのだ。

とはいえ、心理テストというものは、嘘を書けばほぼ100%見破られるし、真面目に答えたらほぼ100%、その人の心理面を見破られてしまうものなので、直感にしたがって答えるしかないのだろう・・・ 某大学の岸教授も言っていた

まあそれはいいとして、『無職』という境遇は、よっぽど実家が裕福とか、貯蓄がふんだんにある。自身は特に働かなくても生活していける・・・みたいな立場でない限り、あるいは信仰でもしていない限り、過度のストレスと精神的プレッシャーに毎日さらされ続けている者だ。事業主や心理分析家は、無職の求人者が日々安定した精神状況を保ち続けられるものだと思っているのだろうか。その点は加味されているのだろうか。疑問に思う。

また、そういうプレッシャーは外観にも現れてくる。目に力がなくなったり、あるいは逆に鋭くなったりもする。たとえば、無職になって、1円でも生活費を節約するために、1本600円くらいの『リンス入りメリットシャンプー』から、1本200円くらいの『某薬局オリジナルブランドのシャンプー』に変えたら、2日くらいで頭が痒くてたまらなくり、フケがすごい出てくるようになった。そしてスーツの肩口にフケが乗ることになるのだろう・・・ 慌ててまた『リンス入りメリットシャンプー』に戻した。ブランドだから値段が高いのでなく、意味がある値段だったのだ。気をつけたい。

 

その後、その事務所の代表ではなく、事務所のリーダー格の方と面接となった。

『前職の仕事内容』『前職を辞した理由』『社労士を志した理由』お決まりだ・・・ もう面接は3度目なので、比較的落ち着いて話せるようになり、和やかな談笑ムードのまま場は進み、面接官の方とお互い、大学で心理学を専攻した共通点があるということから、ソーンダイク適性検査などの話におよび、『交通費は出ますか』『あ、ハイもちろんです。通常の方法と経路で・・・(笑)』。とリラックスして話しが進んだ。

『簿記2級の知識は特に必要はりませんが、左手で電卓が使えるというのはいいですね。』『Excel中心ですが、電卓で計算が必要なこともあります・・・』等々。

最後に、『質問はありますか?』と絶対聞かれることになる。正直言って、ここまで、相当、1時間くらい話し込んで、更に何も聞くこともないのだが、聞かないことには薄っぺらい人間だと思われてしまいかねないので、『採用不採用にかかわらず、御社に入社するまでやっておくべきことはありますか?』と聞いてみた。『労災』と『健保』が手続の中心だから、その手続の復習・・・ あと『労基』と『年金』について質問されることがあるので、その知識、あと、助成金についての知識もあった方がよい・・・ 等々、言われ、採用されるかどうかも分からない段階で相当の宿題を頂戴することとなった。

別れ際に、『所長に結果を話しまして、次は所長面接となりますので連絡をお待ち下さい。』と言われて会社を後にした。

 

で、その連絡が入ったのが、暮れも押し迫った頃。首の皮一枚がつながって、これで年が越せると喜び(今にして思えば、まるで根拠のない喜びだったが)、年末年始を潰して同時に社労士知識の総点検を始めることとになった。

つづく

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