前々回の続き。
面接が終了し、夕方近く、とぼとぼと駅まで歩いて駅前のスーパーの前でしばし一服。緊張のあまり上手く話すことができなかったが、なんとなく優しそうな方でよかった・・・ まあ、振り返っても仕方たない。タバコ一本吸い終わって反省会はお開きとなった。そのまま電車に揺られて帰ってきた。社内は通勤サラリーマンはほとんどいないものの、中高校生が多かった。『君たち、今、一生懸命努力して、将来のことを考えておかないと、お兄さんみたいになるよ・・・』と心の中で語りかけながら・・・
次の日、職業訓練校の2日目となった。
朝7時に起きて、前日しこたま飲んで、軽く二日酔いの吐き気と戦いながら、トーストをほおばりつつ家を出て、通勤ラッシュの西武新宿線に小一時間ほど揺られて、都心の某予備校へと着いた。職業訓練といっても、委託業務なので某資格予備校で講義が行われるのだ。私が受講したのは簿記、経理事務関係のプログラムなので、言ってみればお金を払ってその予備校へ授業へ受けに来られる方たちと大差ない勉強、学習ができるというしくみだ。決定的に違うのは、こちらは給料(給付金)を貰いながら・・・ということだ。なんて素晴らしいシステムだろう。
さすが、若年者(おおむね35歳以下)対象の、簿記、経理事務関係のプログラムなだけあって、クラスメートの大半が妙齢の女性である。男:女性=1:4 くらい。合計30名ほどのクラスだ。年齢も20代前半~高くて35,6歳くらい。私は30代後半なので、もしかすると最年長だ。上手くやっていけるのだろうか・・・
しかし、まあ、半分は“主婦”だ。失礼な言い方かもしれないが、暇を持て余した・・・と言われる方もいるかもしれない。とはいえ、日本人の家庭の約5割は専業主婦ではなくて、なんらかの仕事を持っている。年収1,000万以上ある家庭でも、約4割の主婦は働いているのだ・・・ そんな社労士的な豆(知識)はどうでもよくて、さすがに、上品で綺麗な方が多いように思った・・・ と言うより、明らかに学歴の低そうな、向上心の無さそうな、ヤンキー系の、お水系の、アーパー系の人は皆無だ・・・ これは少ない男性も含めてだが・・・
その理由は、面接、適正検査で落とされるから・・・ ではなくて、ここに至るための道筋を考えない、思いつきもしない、無知さ故にあるのではないだろうか・・・ 職業訓練は、労働者、失業者の公平で共通な権利なんだから、就職活動しながらでも勉強したいと思い立ったなら、給付延長が目的の第一でもかまわないと思うので、ぜひ挑戦して貰いたいと思う。頭の良し悪しは関係ない。
具体的な第一歩は、ハローワークへ行って『職業訓練を受けたい』と言うだけだ。後のことは向こうの職員さんが何とか考えてくれる・・・ 今はこの不況の折なので受講倍率は高まってしまったと思うが、自分が受けた平時の段階では、競争率は1.2~1.5倍くらいだった。明らかに適正試験(小中学生レベルの算数、数学の計算、文章題問題)が全く出来ず・・・ で落とされないかぎり、基本的にオールカマーなんだと思う。男でも、事務系の職業訓練を受けて悪いという理由はない。面接で『私は将来的に税理士、会計士を目指したいと思ってるので、是非、この訓練を将来の第一歩にしていきたいと思っています』と言ってやればよい。
ともかく、受講二日目が始まった。
今週は勉強ではなく、1週間を通してビジネスマナーの講義、最終日に企業見学というスケジュールだ。
待ってましただよ、ビジネスマナー・・・ マナーや敬語どころか、挨拶の仕方からネクタイの結び方も知らないような身なので、これだけは、是非受けておきたいと思ってた。当然、最も重要だから、授業の優先順位も最初になっているのだろう。
ところが、ビジネスマナー講師の女性の先生が言った・・・
『え~それでは、まず、最初にみなさんに自己紹介として3分間スピーチを行ってもらいます』
出た! ズ~ンと気が重くなってきた・・・
こういうのが、一番苦手だ。こちとら、3分も語れるような人生を送ってきた訳じゃない。教育実習で教壇に立った経験はある。あの時、教壇の前にいたのは小学生だった。20数名の女性に注目されて何を語ればよいのか・・・
私も学生時代は友人も結構多く、社交的にコンパや旅行にも出かけたりもした。就職した当所も同僚と食事をしに行ったり、飲みに行ったりもした。しかし、穴倉みたいなところで(実際前職の職場はビルの地下1階だった)、朝も夜も休日も有給も無く、奴隷のようにひたすら長時間労働を強いられ、1円すら、一文字すら間違えることの許されない高緊張の中で、ひたすら代わり映えのしないチラシを作らされるという非人間的なルーチンワークに没頭しているうちに、内に籠もるようになってしまい、いつしかそんな人間性は失われていってしまった。友人も一人離れ、二人離れ、ブツブツ独り言を言いながら、誰ともたいした会話をせず、社内ニートになってしまった。救いがたい孤独の中で、気がつけば競馬しかやることのない人生になっていたのだ。
とはいっても、競馬を悪く書くつもりはない。この世の中に競馬が無ければ、自分は死んでいたかもしれない。この、人以外に最も付加価値が与えられた(実際生物の中では最も高額な値段で取引される)、もっとも高貴で、競争中に脚の骨一本折っただけで安楽死させられる、寝てる間に腸捻転を起こしただけで安楽死させられる、走れなければ『引退後は乗馬になりました』という名のコーンビーフにされる運命の、この世で最も儚い、“人が作り出した種”という宿命を背負った競走馬たちの、人知を越えた、常識を凌駕した、狂乱の舞台にどれだけ心が癒されたことか・・・
騎手にしてもそうだ。中央競馬の騎手という職業についたら、その間はお金の心配は一切しなくて済む。ある意味年間1勝を挙げることができなくても(一度もレースで勝てなくても)、年収500万~1,000万は優に保障されてる世界である。ただ、あらゆるスポーツ選手、公営競技の選手の中で、騎手という職業ほど、落馬して骨折する、馬に蹴られて内臓を摘出する、最悪死ぬ、良くて障害を背負う、という危険性が常に付きまとってる職業はない。あの武豊ほどの騎手でもそのリスクから逃れることはできない。『馬に乗るのが好きだから』という理由だけが彼らを支えている。本来、地位も名誉も色も欲も無い世界なのだ。少々はそれあっても別にかまわないとさえ思う。
余計な話が長くなった。
しかし、みんなは、結構、上手にスピーチする。時におもしろエピソードを挟み、笑いを入れ、上手く、簡潔に、自分の人生を組み立てる。きっと、20代~30代というのは、人生楽しい盛りだからだろう。失業してるとはいえ、落ちぶれた、挫折した、世の中に絶望した・・・ と、基本的に考えてない。
確かに、緊張もするだろうけど、悲壮感があるわけではないから、何を話しても受け入れられる・・・ たとえ上手く話せなくてもそれでいい。世間はそれも許してくれる。
と、熱く語ってしまったが、実際は3分そこらの自己紹介なんて、何を話そうが話せまいが、誰の記憶にも残りはしない。適当に思いついたことを適当に語ってればそれでよいのだ。難しく考える必要はなかった。
この後、ビジネスマナーの授業ということで、さまざまロールプレイング(ゲームの話じゃなくて役割劇のこと)や、ディスカッション形式のゲーム(社労士的にはブレーン・ストーミング)的なことをやらされることになる・・・
こういうのさえなければ、職業訓練もやってみたい・・・と思ってる人もいるだろう。しかし、そういう考えははっきり間違いだと自分自身思った。それについては次回書こう・・・
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