2010年12月31日 (金)

最終話 私はがんばった・・・その思いがあればいい。

※この小説はフィクションです。

来期の契約を更新しない旨を告げられた・・・

 

要するに解雇ということだが、1年契約で雇われて、更新しないということだから、厳密に解雇ではない。さすが先生は社労士だけあって、その点は実に巧妙だ。そういえば、最初にそういう契約書を作られた。

 

ただ、『契約を更新しない』にあたって、君のあそこがダメだ。ここがいけない。と、その理由をブチブチ、ブチブチ、聞かせ続けられた。

もういいじゃん。そんなの・・・ 静かに去らせてくれよ・・・

曰く、
「私たちは、もう歳も歳だし、先も長くないから、社労士界への貢献のつもりで、恩返しのつもりで、新しく世の中に出ていく社労士を育てたかった。しかし、君はそういう気を全然見せなかった。ヤル気を見せなかった。社労士への登録もしなかった。本当にヤル気があるなら、仕事が終わった後にコンビニでも居酒屋でもバイトして、お金を貯めて、みんなそうやって社労士になっていくのよ・・・」

自分達がそうやって社労士になった訳でもないのに、勝手な理想論を熱く語りまくる・・・ この平成大不況下において、30代後半という私の年齢でそんな簡単にダブルワークやっていけるの訳がないだろ・・・

そう思う反面、確かに、そういう努力もするべきだった・・・と思ってしまう自分がいる。世間にはそうやって社労士になった人、あるいは、妻子を立派に養ってる人もいるだろう。私は結局努力しなかったのか・・・ がんばらなかったのか・・・ 

 

月収20万+交通費・・・ 年収250万で、正味、ダイの男の大人が大都会東京で、生きて行くには、生活して行くには、正直、ギリギリ、カツカツだった。しかし、それですら恵まれているのが、社労士補助職という仕事だ。

 

私は、結局、借金は無いものの、支払えなくなってしまった去年からの税金+国民健康保険税が20万円ほどが残ったまま、今月いっぱいでクビを切られようとしている。

 

結局、私は努力しなかったのか・・・ 節約しなかったのか・・・ がんばらなかったのか・・・ いや、努力した。私はがんばった・・・ そう自問自答しながら、解決しない深い思考に落ちて、アルコールに漬かる毎日を送った。

 

回顧を告げられた3月初旬から終わりの31日まで、あと4週間・・・ あと3週間・・・ 1年契約・・・だが、厳密には、去年の4月2週目からの契約なので、1年経過していない。なので、雇用保険の失業手当は受けられない・・・ 4月からは、すぐ、生活の危機に直面する。クレジットカードで借りられるだけ、借りても、生活が保てるのは、2~3か月そこそだろう。早速、新しい仕事を探さなければならない・・・ そんなにすぐに見つかるのか・・・ この平成大不況下にあって・・・。

 

この物語の冒頭に繋がる訳だが、アルコールの力を借りなければ、飲まなければ眠れず、起きて意識を絶てない・・・ そんなボロボロな精神状態が2週間ほど続く・・・

 
 

立ち直るきっかけ・・・ でもないが、そんな私の精神を癒してくれたのが、当時、ちょうどレンタルが開始されていた米ドラマの『フリンジ』だった。

フリンジ・・・とはフリンジ・サイエンスのことで、日本語に直すとエセ科学、非疑似科学のことらしい。要するにX-ファイルとエイリアスとダメージとナンバーズを足して割ったようなドラマだ。金だけは映画が丸々1本撮れるだけ掛けただけあって、CGやVFXは素晴らしい・・・

ただ、目新しさや斬新さが皆無なので、本国でも日本でも全くヒットしなかい。

だけど、私にとっては、とにかく、癒された。癒されまくった・・・

私は米ドラマだ大好きで、米ドラマには癒されるのだ。ちょうど、奥様が韓流ドラマに癒されるのと同じだ。一瞬浮き世を忘れさせ、その世界にトリップさせてくれる。もしくは、青春時代、あの輝かしい時代、よく見ていたX-ファイルを思い出させてくれているから、癒されるのかもしれない。

 

癒され、反面、堪えながら、また、履歴書を作成しはじめた

 

 

私はがんばった・・・

 

 

その思いだけが、私を支えた・・・ 実際には、がんばってなかったのかもしれない・・・ 周りからみたら、がんばってなかったのかもしれない・・・

「ぼく、がんばったよ・・・」

事務所の帰りがけ、線路沿い、陸橋の下で、シックスセンスに出てた子役の子の吹き替えの声優みたいな声色で、そうつぶやいた。

プッ・・・ クス・・・

あまりにも似てたので笑けてきた・・・w

 

3月も半ば、某所から面接の連絡が入った。応募して即だ。さすが社労士補助職1年も続けたかいがあったぜ。

巨大なビルの1角にそこはあった。

簡単なテスト・・・WordとExcelの使い方のテスト・・・訳ない。ある意味、この建物で一番Excelを使いこなせてるくらいの自信はあった。なんてったって、マクロ使えるからね・・・私は・・・

そして、多人数対私一人の圧迫面接・・・ なんで、こんなところ受けてるんだか・・・

 

いろいろ質問されて、私は答えた

「齢70を超えたアクの強い事業主とも、正当に渡り合って、説明し、説得し、話を理解してもらってきました・・・うんぬん、かんぬん・・・」

これは本当だ。在職老齢年金の仕組みを説明して、あなたがいくら給料を取ってるから、いくら年金をカットされているか、給料をいくらいにしたら、年金をいくらもらえるのか、事細かく説明してやった。所長に詳しく説明し過ぎと怒られたやつだ。

また、別の日、超巨大ホームセンターの労務管理の仕事の面接も受けた。これは面接官がアクの強い人で、話が面白く、1時間半ほど、最近の景気は・・・からこの業界の未来は・・・労務管理は・・・とか話を聞かせていただいた。

社労士という資格のおかげなのか、履歴書を贈って、即、面接していただけるということは、本当に有難い・・・

 

そうして、こうして、3月も終わりに近づいた・・・ 

 

それでも私は日々の業務を淡々とこなしていった。

 

来月から、晴れて

 

無職が一匹・・・

 

そう思った矢先、携帯に採用の通知が入った。

一番最初に面接を受けたところだ。私みたいなハンパ者に対して、給料、待遇も結構いい・・・ 

 

あれま!

 

 

そして、素晴らしき我が先生とも、お別れの時がやってきた。

 

私は、これから就職活動するから・・・ ハローワークに通うから・・・ と、嘘こいて、3月最後の2日間を、最初で最後の有休休暇使わせてもらうことにした。

 

2日間、有難く、午後ローの実況に費やせてもらった。グースが少女の先導で、故郷に帰る話だった。来月から、また、新しい職場で新しい人生が始まる。

 

次に、どういう世界が待ち受けているのか、どういう困苦が待ち受けているのか、それは分からない。この約20回続いたお話は、ここで終わりとなります。ここまで読んでくれて、有り難うございました。

この物語の青年と、ここまで読んでいただいたあなた様の将来に幸多からんことを祈りつつ・・・

 

<おわり> 

 

 

 

 

 

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2010年12月20日 (月)

第20回 社労士事務所の一番長かった日

※この物語はフィクションです。

翌日、土曜日

朝からの出所を命じられ、私はこの事務所にいた。もちろん、無給の休日出勤だ。
厳密には労働基準法的には休日出勤にあたらない。週1日の休日を与えればそれでよいからだ。ただし、週40時間を超える労働なので、超過勤務手当としてその分の給料を支払わなければならない・・・

 

事務所の呼び鈴が鳴る。

 

スーパー(商品小売)業の総務担当者のおじさんが、ドアの前にいた。昨日のうちに先生が、そのおじさんに来所するようにTELで伝えていた。

 

「あいにく先生はまだ来ておりませんが、どうぞ、お上がり下さい・・・」

自分で呼びつけておいて、先生はまだ来ていない。
閉口一番、そのおじさんは言った。

「この度はこんなことになって申し訳ありません・・・」

それは、私のセリフだ。私の責任だ

 

「いえ・・・ 私こそ力及ばず、申し訳ございません。」

 

もう私は、涙で目が潤んでいた

 

ほどなく、先生がやってきた。

 

そして、先生とその担当者は応接室で善後策の協議に入る。

 

因果を含める。

  

会計検査院の監査は不可避であること。違法な保険未加入者は過去2年に遡って適用されること。それを避けるには、保険関係の領収書や賃金台帳の改竄しか方法がないこと・・・ ただし、それは法に抵触するので、ウチの事務所はどういう形でも手助けできないこと・・・

 

あなたたち自身の手でやりなさいということ・・・

  

あと3~4日しか日がないのだ。そんなの、その担当者のおっさん一人に責任をおっかぶせてどうにかなるものなのか・・・ 本気でやるなら、企業側から10人ほど人でがいる・・・ おじさんは言った。

「それは無理です・・・ 私とあと一人くらいしか人手は割けません・・・」

 

 昼過ぎまでその無謀で無益な協議は続いた・・・

 
 

協議が終了する。

「このシャチも、これからでも、徹夜でも、明日の日曜でも、メンバーとして使って下さい・・・」

 

ほんと、頭にくる。

 

なんでここまでして無給で働かされ無ければならないのか・・・ しかも、法に抵触すると自ら認めることに、私を使わせるのか・・・ もし、万一、コトが露見したら、私もしっぽ切りで切り捨てるつもりなのか・・・ それがミエミエだ

 

しかし、そんな内面の思いとは裏腹に私は答える。風邪で熱もあり、ボロボロの状態であったが・・・ 無理矢理笑顔を作ってそう答えた。

 

「なんでも使って下さい。協力いたします。」

 

これは私自身の責任でもある。ここまで乗りかかった船を、少なくとも私は、途中で降りる訳にはいかない・・・

 
 

そして、その日の午後、私はまた、自転車を30分ほど走らせ、その企業の事務室にいた。

 

「さて、どこから始めましょうか」
「シャチさん、ありがとうございます。しかし、あなたはもういいです。あとは我々でやります。」
「えっ・・・・」
「あなたも、将来がある身でしょう・・・」
「・・・」
「・・・」

 

この時ばかりは、泣けて、泣けてしょうがなかった・・・

 

お互い無言・・・

 

そもそも、ウチの事務所が悪いのではないのか。月、ウン十万という顧問料を請求しておきながら、むこうの言われるままの、表面的な離職票や保険加入等の言われた仕事しかしておらず、実質的に全く何も指導も管理もしてこなかった・・・ その企業の本質的な経営姿勢を見ようとしていなかった・・・ お飾りの社労士事務所だったのではないのか・・・

 

私はここで引き下がる訳にもいかなかいのだが、体がほんと酷く辛かったので、その言葉を受け入れてしまった。

 

正直、私自身、保身の気持ちが働いた・・・(涙)

 

そしてそのまま、事務所に無断で帰宅した。そして永遠と思えるくらいに眠った・・・

 

 

 

翌々日、急転直下、

 

事件は急変した。

 

コトここにいたって、ようやく、その企業の事業主がコトの次第を知ることになり、事業主のツルの一声で改竄は中止された。曰く、真っ正直に全て告白すると・・・ 過去2年間追徴されるウン百万の保険料は全て支払うと・・・

 

立派な事業主だ。

 

地元の名士でもあり、数々の地元のほんのささいな貢献活動(たとえば、素行不良な者を従業員として受け入れる活動とか・・・)で表彰されてきた、その事業主は、コトが露見する不名誉を潔しとはしなかった。

そもそも、何で、コトここに至るまで事業主との協議が無かったのか・・・ 先生は先生で、事業主にこのことが露見するのを恐れたに違いない・・・ 今回の件が事業主にバレなければ、それが一番だと思っていたに違いない。万一コトが露見しても、トカゲの尻尾切りで、その総務担当者と私の責任で済ませられるのが一番だと思っていたに違いない・・・

 

私自信、その事業主の侠気に救われた形だ・・・ 逆に言えば、こういう人だから、企業のトップでいられる・・・ しかし、代償はあまりに大きい。ウン百万の出費を強いられるのだから・・・

かくして、私自身、将来の社労士としての経歴は傷つくことなく、道は閉ざされるという脅威は去った。

しかし、いざとなれば、社労士登録していない私は、「すべて先生の指示に従ったまでです。」と言い逃れる腹はあったが・・・

 
 

そして、その1週間後、奥さん先生は言った。

 

「あなた、土曜日、一言も断りもなく無断で帰ったでしょう・・・
それにね、あなた、私たちが10日間の海外旅行から帰ってきたのに、旅行はどうでしたか? 楽しかったですか? とか一言も尋ねなかったわね・・・。そういうところが、あなたのデリカシーに欠ける部分なのよ!」

 

鼻から、鼻血と脳みそが出てくるような衝撃を受けた・・・ 

 

そして重い息を小一時間ほど吐きながら、先生は、私に、3月いっぱいで、契約を打ち切る旨を告げた。

 

 

要するに

 

解雇する・・・ 

 

ということらしい・・・

 

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2010年12月12日 (日)

第19回 社労士事務所の一番長い日

※この小説はフィクションです。

なんだ、かんだで顧問先を40件ほど抱えた当事務所には、監査が入ることも珍しくはなかった。要するに、5~10年くらいのスパンで企業には監査が入る

ちゃんと労働保険にはいってるかー 社会保険に入ってるかー

 

ええ子にしてるがー

 

って訳だ。

 

社会保険事務所(年金事務所)も監査に入る。ちゃんと健康保険に加入してるかー 厚生年金保険に加入してるかー ってな訳で・・・

事業主は、従業員をそういう社会保険に加入させる義務があるのだが、往々にして入れない。保険料の半額負担が惜しいからだ。

また、従業員は従業員で、保険に入りたがらない人も中にはいるのだ。夫の扶養から外れてしまうから・・・ 在職老齢年金制度によって、現在受給している年金がカットされてしまうから・・・

 

加入しなければならない条件は、要するに、正社員の4分の3以上の働いているか、どうか、なのだ。普通の社員が週40時間働いているなら、30時間以上労働していればアウト。社員が1日8時間以上働いてるなら、1日6時間以上働いていればアウト。

だけど、残業が重なったり、たまたま忙しかったりして、ふだんはそれ以下の労働でも、たまに超えてしまうような従業員もいたりする。そういう方はグレーゾーンだ。

 

社会保険事務所(年金事務所)が監査に入った場合は、「申し訳ございません。ちゃんと入れるように指導します。これからはちゃんとやります。事業主にはきつく言っておきます。どうか、お慈悲を・・・」

で済んでしまう話なのだ。なぜか・・・ 

ところが、会計検査院の監査はそんな甘いもんじゃない。グレーでもなんでも、アウトなら、「加入させなさい。絶対。」なのだ。

しかも、恐ろしいことに、「過去2年、時効の過去2年まで遡ってアウトな人は全員!」なのだ。そこに憐憫の情が挟まる余地は皆無だ。大大大々々々々々不況の昨今のこの苦しいご時世とか、全く関係がない。

ちょうど、年金や健康保険料(税)は未払でも大目にみてくれても、税金の未払は全く見逃してもらえないのに似ている。地の果てまで追いかけてきて取り立てられる

 

で、この某スーパーの事業・・・ アウトな人は、のべ何人いるんだ・・・ 社会保険入れなきゃなんないのに、入れてない人は何人いるんだ・・・ のべ20人以上いた・・・! 過去2年間の保険料額でいくらだ・・・

計算してみると・・・

 

およそウン百万・・・ ぎゃぁ!

 

詰んでる・・・ 完全に詰んでる・・・ 

 

なんで、こんなのほったらかしてるんだよ・・・ この事務所は・・・

 

監査まであと1週間しかない・・・ どう対策たれるんだよ・・・

 

 

ようやく、バカンスから先生夫婦が帰還し、もう、旅行の土産話もそこそこに、ことの次第を報告する・・・

 

ドス黒く日焼けした先生も青くなる。

 

私はこの頃、ちょうど風邪が最高潮に達し、咳が出、鼻汁も出、熱もあり、ふらふらな状態だった。しかし、この危機をなんとか乗り越えるまでは倒れるに倒れられない・・・

先生は言った。

 

「賃金台帳を改竄しよう・・・」

 

我が耳を疑うも、私に逆らう権限は全くなかった。先生曰く、

「こういうことを、税理士がやったら、確かに犯罪になる。しかし、社労士は許されるんじゃないか? 許されると思う。」

 

どういうつもりで、どういう根拠で、どの口が、そんな戯言(たわごと)を言ってるのか、言わせてるのか、言えてるのか、問いつめたい。小1時間問い詰めたい。しかし、私は、

無言で頷いて、もう、何も考えたくなかった・・・

 

 

先生は、そのスーパーマーケット企業の総務担当責任者に電話で連絡を取るなり、即、社会保険料の領収書の改竄を支持。「ただ、あなた(担当者)の責任でやりなさい。私は関係ないから・・・」

と強く、強く、念を押した。

なるほど、いざというときのトカゲの尻尾はコイツなのか・・・ さすがウチの先生だ。ぬかりがない。そして、旅の疲れからか、いそいそと、自宅へ引き籠もってしまった。後は君に任せると言って・・・

 

それだけでは終わらない。賃金台帳という動かない証拠があるのだ。しかも、この会社はまた、間が悪いことに、台帳がすべて手書きなのだ。パソコンで賃金台帳を精製してるなら、チョコチョコっとデータを書き換えてそれでしまい!という話なのに、膨大な、のべ何百人という労働者の過去2年分の手書きの賃金台帳をすべてこちらの都合のいいように書き換える必要がある・・・

 

私は熱でフラフラになりながら、ハァハァ息を切らしながら、その顧問先へと自転車を走らせた。とりあえず、その手書きの賃金台帳を受け取りにいかなければならない。それが、金曜の午後6時頃の話であった・・・

 

そこは某市のこぢんまりとしたスーパーだった。とにかく、その辺の従業員に来意を継げ、ただっぴろい、仕入れ場みたいなところを通り、応接室のような一室へと通された。

 

いつも電話でよく話していた、その総務兼経理担当者とはじめて顔を合わせた。人当たりの良さそうな、中年のいいおじさんだった。聞けば、某銀行をリストラされ、その会社に拾われ、他県から2時間かけて、毎日そのスーパーへと通ってるらしい。エリートの代表格の行員も、いったんリストラされると、ただの人以上にツブシがきかない・・・ただの人だ・・・

 

私はマスクをしていた。

「あれ? 風邪・・・ なんですか?」
「いや。ひどい花粉症なんです・・・」

心配は掛けたくなかった・・・

 

そして、いきなり、その方は頭を下げられた。

「本当に、こんなことになって申し訳ありません。」

 

私は胸が詰まった。そもそも、社労士事務所が、普段から適宜指導を徹底していれば、こんなことにはなっていなかったはずだ。百人規模の事業所に対し、それなりの顧問料を取りながら、普段の保険加入やたまの労災、傷病手当金申請以外に全く何もやっていない社労士事務所の方がおかしいのではないのか・・・

「いえ。こちらこそ・・・」

 

「で・・・ この方達の労働条件通知書・・・ 雇用契約書はありますか・・・」
「いや、無いんですよ。そこまで頭が回らなくて・・・」

 

え~~~~~~~

 

口約束で人を雇ってるのかよ。この会社は・・・

 

もう、何もかもが、無茶苦茶・・・

 

なんだんだ、この悪夢は・・・

 

とにかく、話もそこそこに、私はその企業の労働者全員分の賃金台帳を受け取り、事務所へ引き返した。とてもブ厚く、ズッシリとした感触だ・・・

 

これらのうち、アウトな従業員20数名の賃金台帳を過去2年間、すべて書き換えなければならないのか? 相当神経を使い、1円の単位の誤差も許されない、相当緻密な作業になるだろう・・・

そんな精密な作業が可能なのは、この件に関わってる人間の中で、この私をおいてほかならない・・・

 

事務所に引き返して、深夜、その作業にとりかかっていた・・・ 夜の11時くらいだったろうか・・・ まだ一人目すら終わらない・・・

 

唐突に先生がやってきた。

 

私の話を聞くなり激怒した。

 

お前はこの事務所を

 

潰すつもりか~~~~~

 

!!!!!!!!!

 

誰がそんなことをやれといったんだ!

そんな作業は全部、向こうにやらせなきゃダメだろ!!!!

社労士事務所が介在したのがバレたら、

どうなると思ってるんだ~~~~~~!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

終電で私は帰路についた。明日、土曜日、無償の出勤を告げられた。

 

家にたどり着いたときは、もうふらふらのふらふら・・・もう何も考えられない・・・ 考えられない・・・ 考えたくない・・・

 

とりあえず、ゲロを吐きたい。もう、何も考えずにゲロを吐きたい。
そして、アパートの便器に向かってその思いを叶える。

全てを吐き出す・・・

 

そして、一睡もできないまま、翌朝を迎えた。重たいこの小太りの体躯に無知打って私は動き出す・・・

 

この長い夜は、まだ終わっていないのだった・・・

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2010年11月 1日 (月)

第18回 魔太郎がやって来た!

※このブログは完全なフィクションです。作者の想像で全て書いています。

無事年も明け、はや2月。

1月はまだ、定年引き上げ等奨励金の書類作り&それに伴う、就業規則の整備、年末の賞与算定の残り・・・に追われた。

2月に入って、先生一家は、また、海外へと旅立たれてしまった。曰く、

「社労士が休める時期は年に数回しかない」

からだそうだ・・・

 

私は、10日間ほど、一人で事務所に出社し、いそいそと、日々の業務をこなしていった。もはや前回5月の頃のような、緊張や焦燥はもはやない。

まったりと、独りで仕事をこなしていった。某金持ち系小企業の社長から、

「私の在職老齢年金の仕組みはどうなってるのか? いったいいくら減額されているのか? いくら給料を貰えば、いくら減額されているのか? 詳しく説明してくれ。」

という依頼にも、綿密な表を作ってあげて、まったく1円も年金を貰えない状況を説明してさしあげた。70を超えた身でも、標準報酬月額が120万を越えてるんだから、当然だ。

その社長はショックを受けていたが、よく分かりました・・・と納得していただいた。のちに、この経験が活かされることになる・・・

 

ただ、風邪を引き込んでしまった。熱も出た。咳も出る。

苦しいながらも、私の代わりはいない。無理して満員電車に揺られ、体を引きずるようににして出所した。

 

そして、独り仕事もはや半分がすぎた頃、中規模のスーパーマーケットの顧問先の総務担当者からTELが入った。

「なんか、今手紙が来まして、社会保険の監査がどうとか、こうとか・・・」
「ああ。あいにく、まだ先生は旅行中なんですが、慌てることはありませんよ。念のため、その手紙を当事務所までFAXしていただけますか・・・」

 

私はその担当者を落ち着かせ、そう指示を入れた。社会保険事務所・・・改め、年金事務所も、組織が変わったばかりなのに、よくやるよ。ほんとに・・・ お前達は他にやるべき仕事がいくらでもあるだろ・・・

 

社労士事務所に1年もいると、たまに聞く話である・・・

 

 

 

 

しかし、送られてきたFAXに踊る文字を見て愕然とした・・・

 
 
 
 

・・・会計検査院・・・


 
 
 

な、なんだコレ・・・

悪寒が全身を貫いた・・・ 戦慄が走った。この事務所に来て以来、味わったことのないガクブル感・・・ 直感がこれはヤバイと告げていた・・・ 直感で、グーグル先生に「社会保険 会計監査院」と打ち込んで検索してみる・・・

 

会計検査院

会計検査院による社会保険調査そにょ1

会計検査院ってなに?

増える会計検査院の調査~求められる社会保険の適正な適用

会計検査院による社会保険の調査が増えています



ガックゥウウウウウウーブルブルブルウウウウウルウウーーーーーーー

 

ハンパ無い不吉なキーワード。この悪寒は、風邪のものではない・・・ だろ・・・ 私の目にはもう真っ黒な画面しか映らなかった・・・

 

せ、センセ・・・早く帰ってきてくれ・・・

 

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2010年10月20日 (水)

第17回 帰郷

※この小説はフィクションです。

 

暮れもさし迫り、唐突ではあるが、帰郷することにした。

毎年、毎年、帰って来いとは良く言われるが、去年は無職の身で帰る訳にはいかなかった。私の実家は関西であり、新幹線を使うと往復3万円ほど旅費がかかってしまう。月収20万円の身としては、今年も帰れないかな・・・とは思っていた。

また、その有馬記念では3,000円ほどをスッてしまった。給料少ないのにギャンブルなんてもってのほかである。ところが、年末に仕事納めの後、毎月月初めが給料の支払日だったのに、先生夫婦が気を利かせてくれたのか、通帳に12月のお給料が振り込まれていて懐の温かかった私は、ふらふらと、某地方競馬場の場外馬券売り場へと赴いていた。

そう、競馬好きの年末〆の最後の最後のレース、地方競馬の有馬記念、東京大賞典が行われるのだ。

 

地方の重賞レースとはいえ、JRA所属の馬も出てくる。というか、地方の重賞で人気になって結局勝ち負けになるのは、決まってJRA所属の馬だ。地方にとっても、JRA所属の馬を出さないと人も金も集まらないという事情がある。この年人気を分け合ったのは、2番人気サクセスブロッケンと1人気ヴァーミリアン

ああ・・・懐かしいね・・・ このブログが純粋に競馬のブログだった頃、両方よくこのブログをにぎわした馬だ。特に私はヴァーミリアンという馬が大好きだ。今でもG1レースで勝ち負けを演じるこの馬は、なんと“英雄”ディープインパクトと同じ世代なのだ。

ヴァーミリアンは、地方交流含め、ダートでG1戦を9勝挙げ、これは歴代最多G1勝利だ。思えば、芝の最強馬ディープインパクトの強烈な光の影で、ダートの最強馬ヴァーミリアンが日陰の人生ならぬ、馬生を歩む・・・まあ、地方ファンはダートを陰だなんて思っちゃいないんですけどね・・・

とにかく、この2頭で勝ち負けと思った私は、この2頭軸のフォーメーションから3連単を流すことにし、3着の相手も当然JRA所属馬からと、7人気の馬を拾って、3連単の万馬券を500円ほど獲ることに成功し、思いがけず5万円ほどの悪銭を得、ほとんど帰る気も無かったのだが、これは天からの授かり物と思い、帰省するることにした。

 

とはいえ、旅費で3万円強使って新幹線で帰るのもバカらしいと思った私は、青春18切符を買って鈍行列車で帰ることにした・・・ 1万数千円で済む。約半額の節約だ。

 

これが地獄の始まりだった・・・

 

とはいえ、私はこういう、のんびり、ゆっくりした旅が大好きなのだ。東京-大阪の距離というのを再認識する度でもある。かの坂本龍馬は10日間で往復したとかなんとか・・・東海道線を使った鈍行列車の旅を一度も経験したことが無いという人は、是非やってみて欲しい。100人が100人中、こう思うだろう・・・ そう・・・

 

し、静岡、なげーーーーーーーーーーよおーーーーーっっっっっ と

 

そう、この旅程の半分ほどが静岡なのだ。熱海から浜松まで・・・そこが延々と長い。2~3回乗り換える必要がある。6~7時間かかる。アホじゃねえか、静岡・・・ 行きはまあ、席に座れたから良かったが、帰りは立ちっぱなしだった。この区間だけでも新幹線を使えれば、どんなに幸せな旅だったろうか・・・

 

寒い、小雪の舞い散るホームで寒い寒いと言いつつ・・・次の列車を待った思い出・・・

 

名古屋から滋賀-京都-大阪っていうのは、県も変わるし、割とあっという間なんだけど、とにかく、静岡が長かった・・・というのが、この旅の思い出である。つうか、暇ならあなたも一度体験してみて欲しい。いや、日本中の青少年は一度体験してみるべきだ。静岡がいかに長いクニなのかを・・・

とはいえ、熱海だとか、豊橋だとか、米原だとか、ぶらり途中下車して飯屋やゲーセン寄ったりしてる自分も悪いんだが・・・どこの自転車少年だよ・・・と、昭和50年代以降生まれの人間には全く分からないギャグを挟みつつ・・・(これは以前書いたネタだった)

 

まあ、ちょっと冒険心に溢れた学生とかなら、やってみてもいいかもね。青春18切符の旅は・・・ アバンチュールな出会いとか、あるかもよ・・・ 私個人に関しては、隣の体育会系の青年が熟睡して頭こっちに向けてくるのが鬱陶しかっただけの旅だが。あと普通の横並びの通勤っぽい電車なのに、便所がついてたりして感激。

 

そうして、ようやく10時間の旅を終え、実家に辿り着いた頃にはすっかり夜も更けて年の瀬だった。家族に感激され、お鍋を食べて、紅白を見て、どこの家庭でも繰り広げられているような年末を過ごした。

そして、保育園児の甥っ子(妹の息子)に、お年玉として、1万円を握らせつつ・・・

「いいのに、いいのに・・・」と何度も固辞する妹に、
「いいから。いいから・・・」と何度も固辞を固辞する私。

 

翌日、まったりチゲ鍋を食しつつ過ごしていると、親戚の父方の兄の息子が遊びにやってきた。小さい頃よく、仮面ライダーごっこで遊んでやった彼も、すでにもう、ジャニーズに誘われたというような逸話を持つ面影はなく、すっかりいい好青年だった。彼はなんか、青年実業家で、いま社長らしい。年賀状を書くため、家の近所の会社へ正月早々出社したところを私の親父に捕まったという訳だ。

なんだこのグリコのサザエさんCMみたいな展開は・・・w

 

「いやぁ、久しぶりッスねー 兄さんちょっと肥えました?」

ハハハ。10年以上会っててない計算だ。社労士の試験に受かったことを教えてやると、

「凄いッスねー 引く手あまたじゃないッスかー 昔っから頭良かったッスもんねー」
「いやー そうでもないよ・・・ 今事務所で先生の元、修行中さ!」

 

ひとしきり、昔話に花が咲く。

 

「また、いつか、会いましょう!」

と、彼はさっと手を差し出してきた。私は、その手を両手で掴み、別れを惜しむ・・・

「おじさん、おばさんによろしく。」

 

なんか逆じゃね? 軽く敗北感で一杯だ。

 

正月は、妹のマンションに泊めて貰い、甥っ子に一晩中、動物の絵を描くことをせがまれた。まあ、まだ人見知りもしない、分別もない可愛い盛り。誰彼なし、懐いてくる。子供はいいね。純粋で・・・ 小金ができたら、またオモチャでも贈ってやろう・・・

そして、正月二日目、早朝、私は故郷を後にし、静岡の長さを体感する旅へと揺られることとなった。今回のちい散歩は、岡崎、豊橋、静岡、熱海。列車に飽きて下車し、ぶらーっとその辺、見て回った。名古屋名物は予算の都合上、天むす・・・のお弁当・・・ それくらいしか楽しみのない旅だ。アパートにたどり着いたのは真夜中だった・・・

 

ああ来年はひかりで・・・ せめて、こだまで帰りたい・・・

この長く曲がりくねったワインディングロードの旅も終わりに近づく・・・

 

年が明けて、うちの事務所、

 

最大最凶の事件

 

が勃発する。

この長く曲がりくねったワインディングロードもいよいよ終わりに近づく・・・

 

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2010年10月 8日 (金)

第16回 助成金ラッシュ

※このブログはフィクションです。

 

秋も深まり冬に入りかけた頃、当事務所では助成金ラッシュに沸いていた。

と、言っても、昨今の景気を繁栄した雇用調整助成金とかではなく、『定年引き上げ等奨励金』だ。何で今頃・・・な話題だが、奥さん先生がセミナーかなんかで小耳に挟んできたらしい。

 

とにかく、顧問先あっちこっちに営業を掛けまくった。

 

顧問先の多くは、定年が60歳で、60になったら65まで1年契約で再雇用契約を結びなおします・・・みたいな就業規則を作り、はや10年前に結構な額の助成金をせしめていた。

今回は、その定年を65に延長し、70歳まで再雇用契約を結びなおします・・・みたいな就業規則に作り替えると、50~100万近くの助成金が貰える・・・みたいな仕組みだ。

 

70歳まで雇い続けなければならないのか・・・・? で、多くの顧問先が二の足を踏んだ。しかし、「いや~そんな必要はありませんて。従業員は年金が貰えるようになったら、自然に辞めていきますて。」と方便で説得してまわった。

 

最悪、アンタはもう体がロクに動かないだろう・・・今まで通り仕事できないだろう・・・でクビにすればいいじゃないですか・・・

そんなこんなで、10社くらいが飛びついてきた。

 

とはいえ、ウチは奨励金から1割しか抜かないから、まだ良心的なのかもしれない。

 

どの顧問先も、ほとんど10年近く就業規則を作り直していない。10年の間に、さまざま、労働基準法をはじめ、育休・介護休業法等、各種法律が改正されていた。

ヤリ手の社労士なら、法改正がある度ごとに、就業規則を改正させ、その度に料金を請求しまくるから、10年間ほったらかしにして平気なウチは良心的だ!と散々言い聞かされまくった。ほったらかしにしてるあんたらもあんたらだろうに・・・

 

私の仕事は、現法律に合わせて、就業規則を作り直すことだ。私も青いので、超最先端の法律に合わせた就業規則に仕上がった。当時、来年度に試行される予定であった、育児・介護休業法の基準に合わせた、

たとえば、父母がともに育児休業を取得する場合、1歳2か月(現行1歳)までの間に、1年間育児休業を取得可能とする(パパ・ママ育休プラス)とかも盛り込んでやった。

 

とはいえ、たとえどんなに作り直したとしても、所長がチェックすることはないのだ。あの老人がブ厚い就業規則をまともに読めたりすることはない。また、顧問先は顧問先で、まともに育児休業なんか与えたりはしない。与えるくらいならクビにするだろう。

とはいえ、当事務所の就業規則にはもともと『セクハラの禁止』という項目があったのだが、『パワハラの禁止』も盛り込んでいいですか? と所長に尋ねたことが、よく分からないが、あの老人の琴線を痛く刺激してしまったらしく、ほんと、丸一日説教を食らうハメになってしまった。

曰く、『パワハラなんて、この世の中にはあり得ない!』というのが、老人の主張だ。そんなことはないだろう。パワハラがある企業なんて、今どき珍しくもないだろう。だいたい、それを禁じたところで、別に、何が、どうということでもないだろう。しかし、老人は丸一日私を叱り続けた。「分かりました。パワハラは入れません。」では許してくれないのだ。意味が分からないが、それがこの事務所のしきたりだ(ゴメン。前に書いた記事でした)。

 

無駄な議論を丸一日行って、そうやって、一社分、ハイカラな就業規則が完成したら、

 

「ハイ、10萬円戴きます!」

の世界。

 

あとは、その就業規則をコピペして、社名だけ入れ替えて、他社も作り直す。

就業規則なんて、一社作れば、あとは楽・・・

 

奥さん先生の仕事は、その就業規則を、労働基準監督署に提出用、企業保管用、当事務所保管用、助成金申請用と、4部にコピーする作業だ。それくらいしか使えるところがない人なのだ。

ところが、当事務所のコピー機は家庭用の旧式なので、原本を一部、一部、セットしていかなければならない。50ページくらいある就業規則を、コピーするのに、物凄く時間がかかる。コピーするのに、2時間、3時間と時間がかかる。次第にプリプリ、プリプリ、し出してきた。

 

そんなにめんどくさいと思うのなら、歩いて1分ほどの距離にあるローソンに持ち込んでコピーすればいいだけだ。ただし、2,3千円はかかるだろうけど・・・それが勿体ないから、自分で、旧式のコピー機でコピーをとっているのだ。

 

しまいに、「(天下の)社労士を2,3時間拘束して、この金額(10万円)ではやってられないわ!」と言い出してしまった。

 

私に定年引き上げ等奨励金の申請書を書かせてるくせに、私が、『カ)○×△商事』とするところを『(カブ)○×△商事』とほんの些細なミスをしたら、プリプリ、プリプリ、「なんで見本を見ないのか!」と怒り出す。ほんと、実際、そんなのどうでもいいんじゃないのか? 

私が「ダメか、そのままでいいか、電話で問い合わせてみましょうか?」と聞いても、「私が直接行って聞いてくるから、余計なことはするな!」と怒り出す。

 

ほんと閉口してしまう・・・

 

それ以上に、この助成金申請の仕事では、いろいろあった。こんな匿名の、わざわざ「小説」と断りを入れたブログとしても、書いていいのか、ヤバいのか、判断に迷うようなえげつないこともいろいろあった。

時期が来れば書きたいとも思うが、まあ、無理だろうね・・・ 今は、一応、胸にしまっておく。

 

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2010年10月 5日 (火)

第15回 医者は金持ちのくせに、金に汚い

※この物語はフィクションです。

 

ある日、某泌尿器科の病院の院長から電話が掛かってきた。仕事を依頼したいとのこと。事務所のHPを見て電話をしてきたとのこと。

珍しい・・・新規の顧客か・・・ ちなみに、新規の顧客からTELが掛かってきて、仕事を依頼したいたいと言ってきたのは、年間4件くらいいしかない。

1件は目出度く顧客契約成立、2件目は「中国人の留学生を雇いたいのだがどうすれば・・・」というTELで、「そういった仕事は別に専門家がいます。行政書士といいます。行政書士に頼んでください」・・・と、やったとこもない仕事だったんので先生に無断で断った

3件目はカタコトの日本語で、労働問題がどうのこうの、言ってきたので、「そういった件は、労働基準監督署へ言って下さい」と先生に無断で断った。そもそも何語なのかも理解できなかった。お金にはなるまい・・・

ちなみに、この事務所のHPも一から私が作った。前職がDTPオペレータということもあり、お茶の子歳々だ。正直、ホームページビルダーでシコシコ作ったショッパいHPだが、こんなものでも参考にしてTELかけてくれる人がいるのだろう。

 

午後6時過ぎ、事務所の業務が終わって、所長とともにその医院がある隣の市までと車で出かけていった。この時間は相手方の指定なのだが、もちろん、私に対して超過勤務手当とか時間外手当なんか支払われることはない

 

そこは最近建設された某ショッピングモールに併設された診療所だった。最近、この郊外ではこういうショッピングモールが竹の子のように設立されている。

 

ちょうど診療時間が終わった頃だった。院長とその奥さんの医者、私、所長という四者でテーブルを挟んでの会談となった。院長先生は、私と同年代だった。が、背の低い私よりさらに背が低い。クセッ毛でメガネをかけ、小太り・・・ 私の自慢は勉強できました・・・ みたいなタイプ。奥さんは美人なんだろうけど、そのアゴのほくろが邪魔ですね・・・みたいなタイプ。

 

4人掛けのテーブルに所長と私と向かい合って、とりあえず話を伺うことになった。「50万円くらいかけて求人広告を出して看護師を雇ったのだが、働いて数ヶ月ほどで給料の値上げ交渉をされて、拒否したら辞めて余所に移ってしまった。」とのこと・・・「50万円を損害賠償したいのだが・・・」という依頼だった。

どう考えても無理だろう・・・と直感で思った。顧問契約の依頼かと思ってた私たちは相当面食らった。

「そんなに求人広告にお金ってかかるもんなんですか?」
「看護師は人で不足で、いろいろ広告を打たないと人が集まらないんですよ」
「ハローワークや無料の求人システムをご利用すれば・・・」
「そんなの、ろくな人が集まりませんよ・・・」

以前、ハロワで募集掛けて、ろくな人材しか集まらず、しかも大量に集まって閉口したらしい。優秀な人材を集めるには、有料の求人情報誌にそれなりのお金を出して、それなりの広告を打たないといけないらしい。看護師は給料もそれなりの金額を払わないと集まらず、引き抜きも激しいらしい。

「裁判をせずに50万円を請求する方法はないのですか・・・」

 

問題はお金ではなく、従業員になめられた態度を取られたのが相当頭に来ているらしい。しかし、そんなことが本当に可能なのだろうか・・・ 一般の雇用関係において、労基法16条では、労働契約の不履行について違約金を定め、損害賠償額を予定する契約を結ぶことを禁止しているのは、社労士受験生にとってはよく知る話だけど、ちょっとと深く掘り下げてみると、

民法415条には、債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行することができなくなったときも、同様とする。』とある。また、民法709条故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う』とされている。

しかしながら就業規則に定める「重大な過失」が労働者の側になければ損害を認めないという判例がある。

また、使用者側の配慮その他諸般の事情に照らし、損害の公平分担という見地が使用者側にも求められる。また、労働者側の経済的負担や労働環境を考慮され、または、損害軽減措置(保険の加入)等も使用者側に求められる。

結局は裁判になって、原告の言い分が最大限認められたとしても、も4分の1相当の賠償しか認められないのがこれまでの例である。

要するに、使用者が労働者に、仕事中に労働者の起こした損害に対する損害賠償を求めようとするなら、それは裁判を起こす他はない。労働者の不注意な行為が損害に繋がったことを使用者側は公の場で証明しなければならない。これを自力救済の禁止という。

仮に正当な権利があると考える場合でも、個人が腕力や社会的な実力によってその権利を実現することは禁じられているのだ。これを無条件に認めてしまうと、立場の強い使用者が労働者に損害を請求できるということがまかり通ってしまう。

 

これはもちろん、仕事中に労働者の起こした損害に対する例であり、募集広告にかかった費用を賠償するのは全く別の話で、相当無理がある。

 

「元従業員に損害を請求するのはかまわないが、支払を拒否されたら、それ以上手は打てない。裁判にかけるしかありませんが、まず間違いなく勝ち目はありません。」とめずらしく所長はまともな説明した。私にも異論は無かった。

「そもそも、期間の定めのない契約では従業員はいつでの解約の申し入れが出来る労働(雇用)契約の場合解約の効果は原則として申し入れの後2週間を経過することによって生じる。」

ということを説明していた。「それは労働基準法で決まっている。」と。

「え? 労働基準法にそんなことあったっかなあ?」
「あります。」
「労働基準法ですか?」
「労働基準法です。」

先生は自信たっぷりにそう断言してしまったので、私は

 

「センセ、それは民法です。」

 

とは言えなかった・・・ 労基法では従業員側からの退職については何も定められていない。

 

頭の良い院長夫婦は、自分自身で労基法や労働契約について相当勉強してたらしく、たぶんそれがトリガーとなって、この話はそれ以上、お流れとなってしまった。

先生夫婦は、ブツブツ、ブツブツ、だから医者は・・・ あいつら、金持ちのくせに・・・ とにかく金に汚い・・・ と文句を言う。

当事務所には数件医院の顧問先があった。

「2週間も夏休みをとって、アメリカのコンドミニアムでゴルフ三昧なのよ。何様のつもりなのかしら」と女先生は言う・・・が、

「年2回、100万円くらい使って、家族でヨーロッパ旅行をし、お土産にペルシャ絨毯を買ってくるあなた達とどう違うのんだよ・・・」 

 

その言葉はグッと飲み込んだ・・・

 

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2010年9月30日 (木)

第14回 この守銭奴!

※この小説はフィクションです

私と同年代の事業主が2人いた。

 

今にして思えば、彼らともっと心を通じ合わせれば良かったと思う。

 

同年代にして、一国一城の主となった彼らからは、得るものも大きかったし、尊敬しうる存在だった

 

一人目は、以前にも語ったが、自動車やバイクの修理工場の社長。先代の時代に雇用され、先代は引退に際し、跡継ぎもいなかったことから、そのまま社長になった人だ。

しかし、腕は確かで、自分の腕を頼りに依頼してくれる人がいるとのことだ。

その社長が悩んでいたのは、いい従業員が根付かないということだ。私ら世代の従業員を雇ったが、非正規雇用が長かったその青年からは、仕事に対する気概が全く感じられない・・・ どうして、同世代にこんな若者がいるのか・・・ と嘆いていた人だ。

 

最初に雇った20代の子の方が、素直で吸収力も早く、頼りになる・・・と・・・ ところが、その20代の子も来月、辞めるとのことだ・・・ 社長自身はアツい方で、私は好きだったが、やっぱり経営者と雇用者となると、難しい問題もあるのだろう・・・

 

もう一人は、建築関係の調査業務という珍しい仕事をされている方だ。私がこの事務所に入ってから、顧問契約をされた新規の方だ。

とはいえ、結局、我が所長自身、新しく若いその社長と上手くコミケーションがとれず、扱い方に困っていたので、折衝は主に私に一任されることが多かった。「将来は君に任せてももいいから・・・」というのが我が所長のキメセリフだった。

事業所も近所にあったので、誰それが辞めた・・・、誰それを雇った・・・ と、ことあるごとに、よく事務所へお邪魔させてもらった。その度に、私は自転車を走らせ、その事業主の元へ通った。

ふと道端で会ったりもした。私も自分と年代が近いのもあって、親近感も沸いた。お髭の逞しい事業主だった。そんな頃、事件は起こった・・・

 

その事務所が、将来を見据えて今の事務所が手狭になってきたので、より大きい、より駅に近い場所へ引っ越すというのだ。

それ自体は「おめでとうございます」という話なのだが、所長がとんでもないことを言い出した。

 

「健保と雇用保険の所在地変更の手続は、別料金だから

 

請求してきて

 

と・・・

 

私は、最初はスポット契約だったこの事務所を、訪問する度に諭して、顧問契約にし、来年度は事務組合へと加入してもらえることを確約してきた。地道に、地道に、地道に・・・

そうやって信頼関係を築いてきたのに、私にとっても寝耳に水な話だ。だって、それは顧問契約の一部なんじゃないですか? と。契約書にもうたってあります・・・と。

 

所長は、何が気にいらないのか、それは顧問契約には含まれない!と。この事務所では昔からそうしていると・・・の一点張りで譲らない。

 

「そんなことをすれば、契約を打ち切られますよ。」
「それなら、それでかまわない。気持ちよくこちらが請求する額を払ってくれないなら、
そんな事業主とはこちらから願い下げだ。」と。

もう、自分自身、どうしていいのか分からなかった・・・ それならそれで、お前が、そう言いに行けよ・・・ と。

 

結局、私が自分で言いに行くことになった。所長の言い分には納得できないが、私もそう命令された以上、従わない訳にはいかない・・・ この経験が、いずれ自分のプラスとなると、自分にいい聞かせた。

当然、

 

その社長は激怒した。

 

当然だろう。その気持ちはよく分かる。顧問契約をしているのに、住所変更をしたからといって、ただそれだけで、それは当然契約書に含まれている内容なのに、4~5万円だかの料金を請求しますと、私は言っているのだ。

これまで信頼関係を築きつつあった私の前で、そのことを告げた私の前で、私に向かって激怒したのだから・・・ そして放り投げるように、変更手続の料金の万札を私の前に投げ出した。それをそそくさと、自分の財布にしまう私・・・

社長が言いたかったのは、

 

「この守銭奴!」

 

だったことは疑いようがない。逆の立場なら、私はそう言った・・・ それを肌で感じつつ、私は忸怩たる思いで私はそれを受け取り領収書を書いた。

私はどうにもこうにも、やりきれない気持ちで、情けない気持ちで、逃げ帰るように事務所へと帰った・・・

待ちかまえていた所長へそのお金を渡す・・・

 

その瞬間、あの老人のニヤっとした顔は一生忘れないだろう。

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2010年9月23日 (木)

第13回 何を貫いて、何を得るというのか・・・

※この小説は完全なるフィクションです。

 

秋も深まったある日、思いがけない事件が発生した。

ある工場系のクライアント先に対して、事務組合系の監査が入るというのだ。

「ああ。よかったわ。あそこは特に問題のあるようなところはないから・・・」

奥さん先生はそう言った。

ところが、どっこい、そんなことは全く無かった

 

私はこの年の4月に入所した。入ったばかりの頃、右も左も分からず、先生から手渡された手書きの給与台帳をExcelに入力するのが主な仕事だった。それを元にして労働保険料を算出し、そのままそれを使って年度更新作業を行った。

改めて、そのクライアント先から賃金台帳を預かって、その年度更新の数値と見比べてみると、恐ろしいことが判明した。先生の年度更新の数値には全く「通勤手当」分が含まれていないのだ。

「通勤手当」は税法上、非課税である。だから、その会社の賃金台帳は所得税を計算しやすいように別に分けて書かれていた。ところが、労働保険料は「通勤手当」を含めなければいけない。それを含めて、一切合切の賃金の総支給額に労働保険料率と雇用保険料率を掛けなければならない。さらに、パート、アルバイトの賃金分がその年度更新の賃金総額から全く抜け落ちていた。

要するに、先生は、クライアント先へ赴き、賃金台帳を見せてもらい、それを給与台帳へと先生が転記したのだが、その作業がいい加減だったため、恐ろしく齟齬が生まれてしまっている・・・ このボケ老人、ボケてんじゃねえぞ・・・

 

これをそのまま提出したのでは、監査で100%問題を指摘され、労働保険料を追徴されることになるだろう・・・ 保険料の過少申告となっているのだ。当然である。

 

私はあくまで言った。主張した。「正しく算出し直して、改めて保険料の算出をし直しましょう。」

 
奥さん先生は激怒した。

 

「それはウチの事務所のコケンに関わるでしょ!」

 

と・・・

 

私は言った。「社労士は法律家です。普通の人以上に法律は遵守しなければなりません。ましてや、クライアントの利益となるためではなく、自らの利益のためなど言語同断です。」と・・・

 
「君はそれでもいいかもしれない。この事務所はどうなりますか?」

 

この件についても、3時間ぐらい議論した。そして先生夫婦と私との溝の深さは決定的となった。

  

結局は、最初に提出してる年度更新の数値に合わせるように、賃金台帳の方を改竄することとなった。結局私が折れた。もうバカバカしくなってきた。私がいくら正論をいったところで覆るはずもないのだ。このまま議論を続けていても、無用に時間を浪費するだけで、結局私が自宅へ帰れなくなってしまうだけだ。私はいくら残業をしたとしても、1円も残業手当を支払って貰えない身なのだ。

 

私は何を貫いて、何を得るというのか・・・

 

賃金台帳を改竄するにあたっても、誰の記録をどう変えればいいのか、全部私が計算した。3人分を1年半に渡って改竄すれば、とりあえずの辻褄が合うといいう計算をExcelで算出した。

そういった複雑なことに対しても、結局、私がやらなければどうにもならないのだ。老人には少々複雑すぎで無理な計算だ。

 

先生がどこかの文房具店で全く同じ賃金台帳を仕入れて来、私が全部手書きで、3人分の賃金台帳を書き直した。気の抜けない作業で、ペンで書いていくため、ちょっと書き損じてはやり直しの非常に辛い作業となった。生意気にも、先生は、「元あった賃金台帳と筆跡が似てない」という理由で書き直しを命じたりもした。

 

「この事務所に来て、今日が一番仕事をしましたよ・・・」

 

私は皮肉混じりにそう言ってやった。以後、ほぼ、ひと月に渡って、「あなたが賃金台帳を改変したことが、この事務所の一番大きな仕事なんてね・・・ ウフフフ」と嫌味を言い返され続けることとなった。

 

恐ろしいことに、決して「あなたに賃金台帳を改変させた」とは言わなかった

。要するに、暗に、「私たちの存ぜぬところで、あなたが自主的に賃金台帳を偽造した」と言いたいのだろう・・・ さすがは、わが尊敬する先生夫婦だ。抜かりがないぜ。いざとなったら、私を切っておしまいなんだろう。

 

この日ほど私は社労士登録を済ませてなかったことを良かったと思わない日はなかった・・・ もしこの件が発覚したとしても、社労士でない私が処分される道理があるまい・・・ あんたたちの責任だろう。

 

結局、監査は問題なくパスした。

 

私の完璧な仕事にそんな問題が起こり得るはずもなかった・・・

私の仕事にも抜かりはない。

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2010年9月 9日 (木)

第12回 建築関係の事業主は面倒を嫌う

※この小説はフィクションです。

 

クライアントの何割かは、建設業界だ。

建設業界の事業主は、荒っぽい人が多い。荒っぽいというより、適当というか、どんぶり勘定っていうか・・・ とにかく、細かいことを気にしない。気にしたくない

 

一番可哀相だったのは、妊娠した・・・というだけであっという間に解雇にまで追い込まれた女性の件だ。

 

発端はこうだった。

 
「女性事務員が一人辞めます。手続お願いします。」
「離職の理由はなんでしょうか?」
「自己都合です。」

 

いざ、離職票を作成し、彼女の元へ届いた時に、その当の本人である彼女から、直接、事務所へ電話がかかってきた。

 

「話が違う!」

 

と・・・

 

余談だが、私はハローワークから戻ってきた離職票を離職者に送る際は、かならず「離職された方へ」という小冊子の手引きを同梱していた。そんなものでも、あると、ないとでは、離職者が知ることの出来る情報、しいては、これから受ける利益に格段の違いが生まれるからだ。

ところが、私が雇用される以前は、そんなものを同梱してはいなかった。わずかに、その小冊子の表紙をコピーして添付していた。なぜなら、そんなものを同梱しては、郵便料金が余計にかかるからだ。この圧倒的セコさ!

私はこればかりは・・・と説得し、ヤマトのメール便を利用すれば、小冊子を同梱しても80円で済みますから・・・ と、同梱することを懇願し認めてもらった。近くにヤマトのメール便を扱っているコンビニが無かったから、毎日就業後に、コンビニまで遠回りしてから帰宅した。

 

それでも、新しく被保険者になった方に対して「被保険者となられた方へ」のパンフレットを添付することは、結局認めては貰えなかった。労働者に余計な知恵をつけるのは、事業主のためにはならない・・・という実に洗練された理由からだった・・・

女性は言った。

 

「私は解雇されたのだ。だから会社を辞めることに同意したのだ。」

??? 

よくよく話を聞いてみると、その女性は自己都合は、失業給付を受けるのに給付制限がかかること給付日数が短縮されることを知っていた。「解雇する」という理由で失業給付が受けられるから、会社を辞めることに同意した・・・と言っているのだ。

 

その事業主にTELする。アッサリ
「ああ。解雇にしてください。」と。

 

「は、話が違う・・・」とは私の台詞だ。すぐさま、離職票を回収して、書き直すハメになった・・・

 

しかし、ちょっと待てよ・・・ 労働基準法19条「産前産後の女性が第65条の規定によつて休業する期間及びその後30日間は、解雇してはならない・・・」と謳ってる・・・、

あああ、か、解雇できないじゃん!

 

解雇予告日を変えるしかない・・・

 

もう、離職票は書き直し、書き直し、でグッチャグッチャになってしまった。いったん、ハローワークのスタンプが押されている以上、簡単に破棄して新しい用紙に書き直す・・・というようなこともできないのだ。

 

それよりなにより、本当にこの女性を解雇させるのは正しかったことなのだろうか・・・ 妊娠、出産、育児休業期間中はそもそも、会社は賃金を支払う必要はない。女性はそれなりの育児休業基本給付金等を受けられる。もし、子供を託児所などに預けられることができれば、職場復帰給付金も受けられる(H22年4月で廃止)。

そして職場復帰を実現させたら、育児休業取得促進等助成金(100万円)が受け取れ、事業主にとっても悪くない話なんじゃ・・・

母は、子を持つ親は、子を産む女性は、国をあげて守っていこうというのが、この国の方針である。

 

建築関係の事業主は、面倒臭いことが嫌いなのだ。それはうちの先生についても言える。

 

また、建築関係の職場は遠く離れた中国、東南アジア、中東系の人々を多く受け入れている。私もたいがい低賃金だが、それに輪を掛けて安い給料で・・・

 

しかし、中には妻子を日本へ呼び寄せる甲斐性のある方もいらっしゃる。

 

「○○の奥さん、病院にかかりたいので、扶養手続をしてください。」
「え? いつから来日されていたんですか?」
「う~~~ん、1年半年くらい前かな?」

「では、加入日は何時にしますか?」

 

これは結構、大きな問題である。妻に対して扶養手続をするということは、国民年金の第3号被保険者にするということである。将来的には分からないが、その外国人の妻の方も、将来日本で年金を受けることがあるかもしれない・・・ そうなると、少しでも長く加入期間とするためには、加入日はできるだけ遡った方がいい。将来的には、この国の年金を受け取ることになるかもしれない人たちなのだから。3号の遡及適用は国民年金法的にも2年は、やむを得ない理由がある場合は、それ以上も、認められている。

国民年金が外国人も含めて全て加入させるという法律である以上、差別は許されない。

 

それよりなにより、なんで来日したときから、扶養に入れていないのか・・・

「もし遡って加入させるなら、その間の所得の証明や・・・」
「今日でいいです。」

 

その一言でこの問題は終了です。どんぶりが基本の業界だからだろうか・・・

 

あと、辞めて本国に帰国した方に対し、

「退職の手続をして下さい」
「え、あ、あの、○○さんの離職票は・・・」
「そんなもの必要ありませんよ。もう日本にいませんから・・・」
「あ、あと、厚生年金保険に加入されていましたよね。脱退一時金について御存知でしょうかね・・・」

もし、将来日本に来る気がないなら、将来日本で年金を受け取る気がないのなら、厚生年金脱退一時金を受け取れるチャンスがある。在日外国人にそんなものくれてやるな・・・という意見があるかもしれない。しかし、これは、その方が自分で支払った保険料の掛け捨てを防ぐ・・・という意味があるのだ。2~3年も日本で働き、その間2~30万円の給料を手にし、日本の法律に基づいて、ほとんど意味のない厚生年金保険を払い続けてきたのなら、2~30万円の脱退一時金を手にする権利があると私は思う。

その国の物価は知らないが、それだけのお金でも、本人にとっては嬉しい退職金となるだろう。

「ハッハッハ。センセ、○○は、もう日本にいませんから・・・」

 

ちなみに、厚生年金の脱退一時金は、日本語だけでなく、英語、中国語、ポルトガル語等、多様な原語で申請できる。その気になれば、本国から日本政府(年金機構)に対して請求が可能なのだ。本国で、そういう知恵を付けてくれる賢者がいてくれることを願うばかりである。

 

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